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第10話 印

10話 印  ガルゴの手はリョウの首をしっかりと掴み力が込められ、ガルゴは見下ろしながらリョウの顔に自身の顔を近づける。ソファに体を押し付けられガルゴの腕を引っ張るもリョウの力ではどうすることもできず、足をバタつかせガルゴの横腹や背中を蹴る。  顔が赤くなって息を漏らすと、ガルゴは少し力を弱めてリョウの顔を覗く。 「なぜ、お前はそうなんだ。」  低く冷たい鉄のような無機質な声でガルゴは問いかける。 「な、なんの話だよ……。」  息をどうにか吸いながら返事をするリョウ。 「少しは俺の忠告を聞け。」 「聞い、てるって……。」 「聞いてない…!この前だって意識がないお前を運んでやった。飯だって食わせてやってる!」 「それを出すのは卑怯だろっ!お前が勝手に飯や住むとこ用意しただけだ!頼んでない!」 「っ!この!野垂れ死にてぇのか?え?あのままじゃお前が死にそうだったからっ!」  ガルゴはまたリョウの首を締め付ける。さっきよりもずっとずっと強い力で。ソファにリョウの頭が擦り付けられその黒い髪が乱れ、赤くなって汗ばんできた顔に張り付く。リョウは顔にシワを寄せ口をパクパクと開きガルゴを睨む。 「なんで、なんでっ!……少しだけでいいから俺の言うことを聞けよっ!」  ガルゴの口から洪水のように言葉が溢れ出す。 「お前はなんでそんな生き方しかできないんだっ!」 「遊んでばかりでっ!危ないことしかしなくてっ!」 「知らない奴にでも簡単に尻尾ふりやがって!」  言葉にならないものも含めてこれでもかと吐き出す。途中からはガルゴの手は緩くなり、咳をして苦しそうなリョウの頬を掴み目を合わせながら言葉を続けた。 「……。」  言葉の雨が止むとぐったりとしたリョウが、自身を見上げていることに気づいたのかガルゴは戸惑ったように目を泳がせる。 「……。」  リョウはガルゴをまっすぐ見ている。今度はリョウがガルゴに手を伸ばし頬を掴み目を合わせ、無表情な顔でガルゴを見つめる。  ガルゴは眉を下げて下唇を食いしばる。その表情は汗と皺で絶望に近い。  ――  ガルゴは焦っていた。先日、何かの節目ごとに律儀に手書きの葉書を寄越す母親から縁談の話が持ちかけられたのだ。  母親は真面目な人であり、いかにもと言った日本気質だった。時代劇で見るか、歴史書みたいな本にしか登場しないのではないかと思うくらいの人だった。しかし、母親は自身の姿を含め金髪や顔立ちなどの外国的な要素を否定するわけでもなかった。ただただ日本の文化を愛していた人で、堅苦しい人ではなかった。  だからこそガルゴは母親とは仲も良く上手くやっていけていたが、今回送られてきた葉書に結婚という文字があった時のガルゴの胸の内には焦燥感がこみ上げてきた。  しかも葉書を読んですぐに思いついたのがリョウのことだった。 「……なんで。」  その日からガルゴの頭から葉書のことが消えることはなかったし、リョウへの気持ちで押し潰されそうな日々を過ごす羽目になった。  リョウについて考えれば考えるほど友愛や性欲、愛情、独占欲などの言葉が脳に刷り込まれた。どれにでも当てはまらないような気がしたり、ただただ自身が醜い欲望を満たすために彼を利用してるのではないかと自身さえも疑った。  ガルゴは焦っていた。この苦しみから逃れるにはさっさと答え合わせがしたかった。この感情がなんなのか。いけないものなのか、直せるのか?  ガルゴは映画を見ていて思う。愛のためや友人のためと言いきれるほど確かなものが欲しい。揺るぎなくそれであると自身で高らかに言えるようなものを。  ガルゴには家族に対しての愛、リョウに対する愛の違いを分かっていながらリョウに対する愛の判断はできていなかった。  ――――  ガルゴは力なくその場に座り込みリョウを見ない。リョウがどんな表情をしているのか分からないまま時間がすぎていく。唯一見えているリョウの足は動かず頭に視線を感じる。両者とも口を開かない。ガルゴは彼が口を開くとことを望みながら何も起こらず何もかもが無かったことになることを望んだ。  しかし、そんな望みは最悪な形で破壊された。リョウは大きくため息をつくと、ガルゴの髪を引っ張り顔を上げさせる。ガルゴは痛みで眉間に皺を寄せながら彼を見上げる。  そこには無表情に近いがどこか怒りを感じるような顔があり、ガルゴのことを見下ろしている。 「何か言うことは?」  リョウの口から冷たく言い放たれる。  ガルゴは咄嗟に答える。 「すまない……。」 「ガルゴは何がしたいの?急に怒りだしてさ。」 「それは……。」  それはガルゴにもよく分かっていなかった。できるならリョウから教えてもらいたかった。中学の頃のあの出来事からこびりつくリョウに対しての感情について、答えがほしかった。 「お前のことが心配で……。」  本心だった。しかし、ガルゴとリョウ両者とも求めている答えではなかった。ガルゴは仕方なく心配という気持ちを盾にしてリョウに答えた。 「あっそう。」  わざと答えなかったガルゴに対して失望したかのような声音でリョウは話す。 「心配ね……。確かに、社長っていう偉い立場の人間がこんなろくでなしを囲ってたら部下たちは心配だろうね?そんなこと思われたくないし社長で偉いガルゴは俺のこと綺麗で大人しい言うことの聞く人間にしたいんだよね?」  わざとらしく大袈裟に皮肉ぽく言う。 「ガルゴは心配だったんだね?俺がいつ問題を起こして、その問題を自分自身が被るか。」 「違うっ!!俺は……お前のことがっ!!」 「俺のことがなんだよ?え?どうせ中学の頃と同じで俺から逃げ出すんだろ!?」 リョウはガルゴの頭を思いっきり床に叩きつける。 「っ!!」  額から床に叩きつけられたガルゴは受け身も取れず混乱し動かなくなる。 「……。」  そんな彼をリョウは見下げながら荒い息をする。興奮を収めようと目をつむって開ける。  そこにはガルゴは痛みに悶え震えている姿がある。頭を叩きつけた時、ガルゴが咄嗟に両腕をついたので土下座のような姿勢になっている。 「っ、っあ、あははっ!」  そんな様子のガルゴを見てケラケラ笑う。いつも冷静で、いかにも堅物そうな見た目のガルゴが自身の前で土下座のようになっているのはリョウをゾクゾクと興奮させた。 「ガルゴ……。」  そっと彼の頭を抱き寄せる。ガルゴは痛みと怒りに耐えながら顔を上げてされるがままになる。  リョウは愛おしそうにガルゴの頭を撫でる。ガルゴは目をそらし、いつもはつり上がっている眉を下げて下唇を噛んでいる。  そんな唇を親指でなぞり口を少し開けさせ、少し乾燥している唇を親指と人差し指で挟む。弾力がありつつも、ガルゴが困惑しているのか怒っているのか震えが伝わってくる。  顔を寄せそっと唇を合わせ、目を閉じる。  ガルゴは目を見開きリョウの顔を見る。リョウの唇の感触、温かさ、息がじかに伝わってくる。  リョウに答えるようにガルゴも目を閉じ、リョウの頬を両手で包みこんだ。  二人はそのまま身を寄せ、体温を交換し合うように唇を合わせた。  ゆっくりと時間が流れ触れるだけの優しい口づけはリョウが離れたことで終わる。 「嫌じゃないんだ?」  リョウが少し嘲るような顔をする。 「嫌じゃない。」  それに反してガルゴは真剣な眼差しでリョウの頬を掴んだままの手を離さない。 「……。」 「もう一回してもいいか?」 「いいよ……。」  ――――  夕暮れになり、西日が部屋に入ってくる。  ガルゴは服を整えながら起き上がる。 「どこ行くの?」  リョウが袖をつかみガルゴを見上げ、ムスッとした表情を見せる。 「会社に戻る。」 「はぁ!?今から?」 「本当は昼に出てすぐに戻る予定だったんだよ。」 「……。」  さらに嫌そうな顔をしてリョウは服を投げつける。 「勝手にすれば。」  意地悪そうな口調で横になる。 「また明日来る。」  ガルゴはそう言ってリョウの頭を撫でる。その表情はいつもとは違い朗らかで、それを見たリョウは軽く足でどつく。ガルゴは笑いながら足を掴み軽く押し返す。  そんな小競り合いをしながらガルゴは支度を終え玄関へ。 「それじゃ。」  ただそれだけ言ってガルゴは出ていってしまう。リョウは玄関で彼を見送りため息をつく。部屋に戻り適当に携帯を手に取り眺めているとユズキから連絡が来る。そしてまたため息をつき、用件を確認する。先ほど連絡があったように今夜、紹介される人物との待ち合わせ場所や時間など伝えられリョウはめんどくさそうな声で答える。  今日はもう家から出たく無かったが約束した手前断るのもめんどくさくなり、リョウは待ち合わせギリギリまでダラダラと時間を潰し服を着替える。  そのせいで待ち合わせより十分ほど遅れてリョウは待ち合わせ場所であるカラオケにつく。そこは寂れ仄暗く小さな店だった。チェーン店ではあるけど近所の人しか来ないだろう風貌をしておりリョウに嫌悪感を与えた。  ユズキに伝えられた番号の部屋のドアノブを回す。歌っている声は聞こえないが伴奏が流れていた。  部屋に入るとそこには温厚そうな顔をしたスーツ姿の男性と、顔を赤く腫れさせ縮こまっているユズキが並んで椅子に座っていた。 「座ってください。」  スーツ姿の男性が言った。リョウが扉を閉め外に逃げようとする隙を与えずに。  その部屋の光景は歪だった。  微笑みを浮かべている男性の隣ではユズキが震えている。ユズキの顔は殴られたのか腫れ上がり、リョウは最初誰だか分からなかった。机の上にはコップが一杯置かれているだけで、マイクは出されておらずセットにしまわれたまま。一目見ただけでリョウは逃げ出そうと判断したがユズキの存在や、男性の圧迫感に気圧され従ってしまった。  リョウの経験上、こういうのはさっさと逃げたほうがいい。しかし、今回初めてどっちの選択を選べばいいかの判断がつかなかった。  深夜、寂れたカラオケ屋の一室で三人は顔を合わせ、重く冷たい歪な空間ができていた。  男性は微笑みを絶やさずに言葉を続ける。 「はじめまして。リョウさん、会いたかったです。」  

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