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第18話 金縛り
18話 金縛り
トウマはゴミ袋に詰めた家族のものを捨てようと大きな荷物を持って朝早くに家を出た。朝日は眩しかったがトウマには何も感じられなかったため、今が朝であるかどうかも分からなかった。
いつものゴミ捨て場に見慣れたものが入った袋を置くとそのまま家に帰るのではなく、体を引きずりながら朝の白い町を闊歩した。
光によって照らされたアスファルトは強く反射し、光は眼球を通り脳の奥を刺激する。トウマは一粒涙を流しながら光から逃げるように路地裏に身を隠した。
路地裏の暗く狭い入り込んだ道は圧迫感が有りながらも、広い世界にいる恐怖よりは幾分マシに思われる。
そして、先程の大通りの強すぎる光は救済の導だとそれを見つけたときにトウマは考えを改めた。運命だとかどうだとかそれがそこにあったのだ。
蹲って二人で身を寄せ合っていたリョウとユズキは路地裏に逃げ込んだことを後悔し、この仄暗い空間が真っ黒な闇のように感じられた。
「あ、ぁ……。」
驚きのあまり声が出ないトウマは必死に体を動かし彼らの元へ駆け寄る。
崩れるように彼らに近づくとユズキはリョウを逃がそうと体を押すが、リョウはその場にへたり込み体を震わせるばかりだ。
「リョウちゃん!リョウちゃん!逃げて!早く!」
ユズキは泣いて泣いてリョウに叫び続けた。
「ごめんねリョウちゃん!早く逃げて!オレが、オレがリョウちゃんのこと巻き込んじゃったからっ!リョウちゃんは逃げてよぉ!!」
懺悔と恐怖と焦燥を孕む歪な叫び声が響く。
「ぅ、ぁ……。うん……?」
リョウは頷くが動かない。男の手が伸びリョウの髪を引っ張り自身の方へ持ち上げる。
「待ってよ!やめて!」
ユズキが声を張り上げ彼にしがみつく。すると、路地裏とは言えど住宅街、叫び声は近所の人々の耳に入り、窓から覗き込んだりと視線が集まる。三人がもがき抵抗し合えばし合うほど騒ぎだと、警察を呼べなど声が聞こえてくる。
「……っくそ!離せよ!」
「ヤダ!リョウちゃんを離して!」
トウマは何度もユズキの顔面を蹴っては踏みつけた。涙と赤い血でグチャグチャになりながらも彼の足に爪を立て離さない。
「あぁ!クソ!邪魔だ!邪魔なんだよ!」
トウマは怒鳴り、焦りからか汗をかきなりふり構わずユズキを引き離そうとする。時間がどれくらい経ったかは本人らは気付かなかったが、いつの間にか近くにパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「っは、はぁ、はっ……!……やだ、やめろ!クソクソ!」
「あっ!リョウちゃん!」
パトカーに気を取られたユズキを蹴飛ばし攫うようにトウマはリョウを抱き上げ走り出す。近所の人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように道を開けていく。
「はぁ、はぁ!どうしようっ、やだやだ!助けて!」
トウマは言葉にならないくらい声を上げながら走り。子供があげる叫び声の様な声をリョウはボンヤリと聞いていた。
トウマは家に帰った。しかし、パトカーの音が聞こえる。追いかけてきているのか、はたまた脳にこびりついて離れないだけか。急いで車に乗り込み、リョウを助手席に突っ込んで走らせる。
「……はぁ、はぁ。」
荒い不規則な呼吸をしながらハンドルを握りしめる。運転は酷く、このままでは事故を起こして終わるのだろうとリョウはどこか冷めた視点から今の状況を見ていた。そして、一言トウマに言葉をかけた。
「海に行こう……。」
「え?」
トウマはポカンとリョウの方を向いたが、すぐに前を見て車を走らせる。今度はフラフラとした運転でなく真っすぐと走っていた。
リョウはここから海に行くにはどのくらいかかるのかなんて知らなかったし、海になんて何年も行ってないため何故言葉に出たのかも分からなかったが、トウマの表情が少しは明るくなったのでどうでも良くなった。
二人はそのまま車で海へと移動し、海が近くなると朝日が照り返る波を車から眺めた。とても静かで車も少なく、青空も雲一つなかった。それはまるで二人の為に青い海と空がパッケージされた一つの空間の様で、狭くも自由だった。
「もっと近くに行ってみるか?」
トウマがそう言うので軽くリョウは頷き、彼の片腕に抱かされながら砂浜を歩いた。トウマはリョウを片腕に支えながら、もう片方に薬のシートを何枚か持って海へ向かった。
「……意外と温かい。」
ポツリとリョウが言う。
トウマには季節外れの海の寒さはあんまり感じられなかった。トウマは薬を車から持ち出した分を二人で分け合って飲み干して笑う。
「……どうすればよかったんだろうな。どうせ、きっと俺はこうなることが決まっていたのさ。」
「こうなること?」
トウマの顔を覗き込むとリョウはそっと頬の水滴を拭ってやった。
「……。」
それを何も言わず受け入れ、トウマはリョウの手を引き海につま先を入れる。
「はっは、海の中は冷たいか。」
そのままトウマは膝まで波が来るくらいまで進んでいく。迷いなく進むトウマを見てリョウは足を止める。
「……俺は行けないから。」
「……そっか。」
トウマは微笑むリョウの手を離して進んでいく。
「リョウさん……ごめん。」
リョウの名を初めて呼び、振り返らずに手も、胸も海の中に隠れていく。
風が強くなり、波も大きくなってくる。そうして、あっという間にトウマはどこか行ってしまった。
「……どこか温かいんだよ。クソさみぃ……。」
リョウは体を震わせ、砂浜へ戻り風が凌げそうな岩や草が生い茂る何でもない場所に体を横にした。薬のせいでフワフワとした気持ちいい感覚がリョウを包み、そのまま目を閉じて深い暗闇に落ちていく。
――――
ガルゴはなんやかんやあって警察から家に帰されたのは翌日、朝早くだった。クタクタに疲れた体を引きずり帰ってきてソファにもたれ込んだ。散々な日だったと振り返り、リョウやユウジの顔を思い返しては癇癪を起こして、また死んだようにソファに横たわった。
何度かそうしているうちに、もはや呻く体力も何もなくなり、朝の静かすぎる寒さが嫌になり何も見もせずにリモコンを漁りテレビに電源をつけた。
ガヤガヤと何か喋るコメンテーターとアナウンサーの言葉を聞きながら、ガルゴはウトウトと目を閉じようとしていた。
するとアナウンサーがハッキリした口調に変わり真剣な声色で何か話し始める。速報だか、事件や警察などの単語が聞こえ、ガルゴはふと気になってきて顔を上げテレビ画面を見る。
ボウっと眺め、あそこは知ってる通りだな等と考えていると、画面が切り替わり映像が流れる。そこに見覚えのある人物が映り急いで体を持ち上げテレビを注視した。似たようなことばかり繰り返すアナウンサーにイラつきを覚えながらも次の情報を求めた。
食いつく様にテレビに張り付いていたが、ガルゴはアナウンサーの言葉にハッとして急いで家から飛び出した。
ユウジとユズキは無事だった。
アナウンサーが言っていた警察が今追いかけてる車が逃げた方向は、ガルゴは何度か行ったことがあった為迷いなく車を飛ばした。
変な動悸と共に、警察が捜査してるなら、追いかけてるなら大丈夫と言い聞かせる心と同時に早く早く、一刻も早くリョウに会いたいと願い震えを抑えてハンドルをきる。
警察が使っている大通りは使えなかった。野次馬やテレビ局の車などが多くなってきているのか、邪魔になり脇道にそれて進む。拳に無意識に力が入り血管が浮き出る。
何十分か走らせると海岸が見えてくる。警察がもう到着しており規制線が張られ近づくことが難しいと分かると、ガルゴは少し外れに車を止めて林の方から崖を下るようにして海へ向かった。
朝の海は肌寒く、波の音が響き渡っている。崖のもう少し下で警官らが声を掛け合い何か話しているが、ガルゴには波の音と風の音の方がよく聞こえた。空はネズミ色に曇りつつある中、足元に気をつけてリョウを探す。警官がここに居るならリョウが居るはずだと信じて。
ニュースでは暴行犯が男を連れて逃げたと報道され、一緒に暴行されていたとい人物の保護されている映像が少しだけ流れていただけで何も確証は無かった。保護された人物がユウジが見せてくれた写真のユズキに似ていたのと、インタビューを受ける近隣住民の言っていた特徴がリョウに似ていた為、ガルゴは蜘蛛の糸を掴むようにこの海岸を彷徨った。
寒くなってきたこの季節の朝の海風に晒されガルゴは崖を下ると、入り江の様な場所にその姿を見つけた。
ガルゴは転ぶように駆け下りその体の横に跪いた。
「あ、あ……ぁ、リョウ……リョウっ!」
ダラリとした体を鷲掴み揺らす。反応が無く、リョウの青白いやつれた顔を見て動悸が激しくなる。軽く顔を叩いてみようと手を添えるとその冷たさに思わずばっと手を離す。
「ぁあ、あ゙……ああっ、ダメだ、リョウっ!リョウ!」
ガルゴはただリョウの重い体を抱き上げ涙を流し喉から悲鳴を上げた。
嗚咽を漏らし、リョウの体に爪が食い込むほどに強く抱きしめた。
「っ……いたい。」
ぐっとガルゴの腕を押し返そうとする弱い力がガルゴを更に涙を流させた。
「リョウ……リョウっ!よかった、よか……ったっ!」
「ん……。」
ガルゴはリョウのことをしっかりと抱きしめながらその顔を、その開いた目を見つめた。それに応えるようにリョウも震えている手をガルゴへと差し出した。
「リョウ……っ、大丈夫か?寒いか?痛いところは?」
その手を右手で大切に握りしめるガルゴ。リョウは少し微笑み、頷いた。
「病院に行こう……近くに警察がいるから救急車を呼んでもらおう。」
何度もリョウの手を握り体を強く抱く。そこにしっかりとリョウがいることを確認するように。
「うん……。ありがとう……ガルゴ。」
リョウは冷たかった体が温まっていくのを感じて、ガルゴの泣き顔やその声が愛おしく感じられ体に力を込めてガルゴの体に抱きつく。
「……リョウ?」
「ガルゴ、ありがとう。愛してる。」
「あ、ああ……俺、俺もだ。愛してる……リョウ。」
ガルゴは一度目を丸くして、すぐに柔らかくなった笑顔を見せ、リョウのことを更に抱きしめた。
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