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第19話 懐古
19話 懐古
寒さが厳しくなり、長袖の上にさらに何か羽織る季節になった頃リョウは病院から退院した。
あの事件は海からトウマが引き上げられ、拉致監禁されていた三人が無事に保護されたことで終わりを迎え、警察や病院やらに散々お世話になりながら日常に帰ろうとしていた。
拉致監禁の犯人としてトウマは海から引き上げられた後病院にて逮捕された。トウマは海の底には行かず少し離れた海岸沿いに流れ着いてたことを、これからどうなるかなどを警察から三人は聞き安堵の様な不思議な気持ちを味わった。
三人には勿論カウンセリングや警察からの話で毎日が忙しく、トウマの判決の頃にはあの事が遠い過去のように思われた。
そして何より重大だったのがユズキとリョウのカウンセリングや治療だった。ユズキは暴力による精神的ストレスでユウジと家に帰っても悪夢などに悩まされた。リョウは薬物による幻覚、禁断症状により入院が長引き、やっとのこと今日退院が決まった。
そしてガルゴは決心していた。医者から話を聞いたり薬物による症状について学び、リョウの家ではなく自身の家でなるべく近くにいようと、もう離れ離れにならないように隣にいようと考えた。
朝になると、リョウが退院する為に荷物をまとめる。バッグやいつでも気分が悪くなっていいようにエチケット袋などを車に用意してガルゴは車を出した。
何回か面談の機会があったがその時のリョウはまるで子供のようで、いつもの人を惑わしたり誘ったりする雰囲気は無く。また別の時には幻覚について呪詛のようにそのことについて話し続け終いには泣くといった、これもまた別人を見ているかのようでとても気が滅入った。
しかし、リョウから目を離してはならないと今回のことで大いに学んだガルゴはリョウを何としてでも自分のもとに置いておき、薬での錯乱から元々のリョウに戻そうと考えていた。
リョウが入院しているかなり大きい病院では、今日も様々な患者やその付き添いなどの人々が朝の検診などに合わせてやってきていた。
その間を縫うようにしてガルゴは荷物を抱え歩き、リョウがいる階までエレベーターに乗って上がっていった。
周りにはお年寄りや子供、夫婦らしい男女が互いを心配したり笑い合ったりしてポツンと一人でいるガルゴはエレベーターのかどっこに身を縮めて収まった。
次々と人は降りていき、エレベーターにはガルゴ一人になった。リョウの様な保護されている患者は一般病棟とは別なのか、その階に着いて降りても他に人は見当たらない。ナースステーションには看護師が一人いて、ガルゴが近づくと顔を上げ予定か何か書かれているのだろう書類とガルゴの顔をチラチラと見た。
その後はその看護師について行きリョウの病室へ向かった。看護師は退院に関する手続きやリョウの体調の話、今後必要書類などを手渡し荷造りが終わり次第呼んでくださいと去っていった。
ガルゴはリョウのいる病室の前でゴクリと唾を飲み込んだ。
前回見たリョウのことを思い出しながら深呼吸して、扉を開く。
リョウはベッドの上で身支度を済ませた格好をしていた。視線は窓の方を向いており顔はよく見えない。
「……リョウ。帰るぞ。」
入院道具などをしまう用に持ってきたバックをリョウの前に置き反応を見る。
「……ああ。」
まだこっちを見ずにリョウは窓を見ている。リョウは後遺症としてせん妄や不眠などを患ったが今はそこまで症状が出ていないと、前回の検診の際医者は言っていた。しかし、リョウは今窓の方に何かあるかのように視線を外さない。
ガルゴは僅かに眉をひそめながらリョウの肩に触れる。
「おい、リョウ聞いてるのか?」
「……聞いているよ。」
ゆっくりとガルゴの方へ顔を向けてリョウは言う。リョウのその顔は眉が下がりどこか申し訳ないような珍しい顔をしていた。
「……帰るぞ。」
それにリョウは頷き、ベッドから体を起こした。二人はそれから何も言わず荷物をバックに詰め、ナースステーションに挨拶をして退院していった。
入院費などのお金は全てガルゴが支払い、他にも院内にあるコンビニでリョウに温かい飲み物を買ってやったりした。
「……ありがとう。」
コンビニから出て少しした時リョウはその温かいペットボトルを両手で持ちながらボソッと言った。車に乗った後もリョウはそのペットボトルで手を温めながら窓の外を見ていた。
「……なにか忘れ物か?」
そんなものは無いと分かりつつもガルゴは助手席に座るリョウに話しかけた。
「いや、なにも。」
「そうか。……なにか食べたいものは?帰ったらお昼近くだろう。」
「無い。ああ、でも味付けが濃いものがいい。病院のご飯は味が薄すぎる。」
「わかった。濃いめにしておくよ。」
そこからポツポツと病院での出来事をリョウは聞くと簡単に話し始め、家に着いた頃にはいつもの元気さは無いがガルゴの方を見て話すようになっていた。
リョウの光を虚ろに反射する黒い瞳はガルゴにとって、そこに吸い込まれるような魅力を持ちそれがまた見られたことに心の中で気分を良くしながらリョウを家に入れさせた。
リョウには客室を使わせ、私物などはもう持ってきてあったのと新しく買っておいた物がありすぐに生活ができるようにガルゴは準備していた。
そんな部屋にリョウは案内されるとフラフラとベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた。」
「気分は悪くないか?飯ができるまで寝てていいぞ。」
ベッドの横に近寄り顔にかかった髪を指先でずらしその表情を見る。白い肌は少し悪く、表情も硬く見えたガルゴはカーテンを閉め布団をリョウに被せた。
「そこまでやんなくてもいい……。」
ガルゴの振る舞いに少し顔をしかめながらも布団に大人しく包まる。
「おやすみリョウ。できたら起こす。」
「うん。」
そうしてガルゴは部屋を出た。
ガルゴは野菜炒めを作った。それは味付けは濃いめで食べやすいように具材を少し小さめにしたもので、量もそこまで多くならないように少なめにした。
それからリョウを起こして一緒に食事をとる。寝ぼけながらもリョウはしっかりと食事をし、水も飲み何も異常は見られなかった。
そうして、日常に戻りつつ以前のような感覚がガルゴの中に蘇りつつあった。お互い好きなことをして休みの日を過ごすように、一緒にいながら何でもない時間を共有し合った。
しかし、夜が更けカーテンを閉め、電気を付けたその頃からリョウは布団にくるまり蹲った。
「どうかしたのか?」
リョウの部屋にある椅子に腰掛けていたガルゴは立ち上がりリョウの元へ行き、顔を伺うように布団を覗き込む。
「……ガルゴ。」
ボソリとリョウは名を呼びながら布団で顔を隠す。
「どうした?具合が悪いのか?もう寝るか?」
そっと布団の上からリョウのことを撫でてやりながら優しく話しかける。
そうするとリョウが布団から右手を出してそのガルゴの手を掴む。その手は冷たく震えて、とても辛そうに見えたガルゴは両手でその右手を包み温める。
「……ガルゴ。ガルゴ。」
リョウはそんなガルゴの手を引き腕にすがりつく。ガルゴは体勢を少し崩してリョウに覆いかぶさる姿勢になりながら、布団の間から見えたリョウの頭を撫でてやる。
「大丈夫だリョウ……ここにいる。」
そう言うと更にリョウは布団の中にガルゴを引き込むように両手でガルゴにしがみつく。
「……虫が、来る。いや、分かってる、分かってるんだ……俺がおかしいだけ……。」
「……リョウ。」
ガルゴは体勢を変えてリョウの横に寝っ転がると震えているリョウを強く抱きしめる。
「うぅ……あ……うう。」
「……大丈夫。大丈夫。」
リョウはガルゴの抱擁を受け入れながらも、肉に食い込むほど強く爪を立て唸る。ついには歯をギリギリと噛み、下唇などにも赤い血がうっすらと垂れるほど悶えていた。
「リョウ、リョウ……噛むな。」
リョウの口元を右手で掴み止めさせようとしても唸って聞かない。
そんなリョウの口にガルゴは無理矢理親指を突っ込むと前歯から奥歯にかけて何往復か指を這わせた。
「んぅ……ぅ、うぅ……。」
「歯を痛める、我慢しろ。力むな。」
リョウの淡い色の唇からよだれが垂れそうになるとそれを親指で拭ってやり、またリョウが噛みそうになるとガルゴは止めさせようとそれを繰り返す。
「んぅ……はっ、……っ、ガルゴ。」
親指が入ったまま下手な発音でガルゴの名前を呼ぶリョウ。
「どうした?」
「……んぅ。ガルゴ……ガルゴ。」
親指を口から出してリョウは体を起こしガルゴに寄りかかると、そっと唇を合わせた。
「……ん。」
低い声がガルゴから漏れると、リョウはガルゴの頬を両手で包み閉じた唇を舐める。下唇と上唇を交互に舐めたりその間を割るように舌を入り込ませる。
「んんっ……り、」
名前を呼ぼうとガルゴが口を開くとすかさず舌を入れてリョウはガルゴがしたように、その歯を確かめるように舌を動かした。
「んぅ……んっ、うぅ。」
リョウは嬉しそうに声を甘くしながらガルゴを貪る。ガルゴもそれに応えるように汚れていない片手をリョウの後頭部に添えてリョウの舌を追いかける。
「んっ……はぁ……。ガルゴ……ふふ、顔赤いよ。」
リョウはガルゴから頭を離すとニコニコと笑顔でいつもの挑発するような目つきをして言う。
リョウは赤くなったガルゴの耳や頬を指先でなぞりながら優しい触れるだけの口付けを繰り返す。ガルゴはそれに眉間にしわを寄せながら受け入れるが、我慢ができないというように手に力を込め引き寄せる。
それからまた、二人はお互いに奉仕するように舌を絡ませ合い、舌の先や腹をくっつけ合い夢中で吐息を漏らす。
「ん……リョウ、大丈夫か?」
リョウの手がガルゴの服にしがみつくように握り、ベッドシーツに足でしわを作るとガルゴはその様子に優しく問いかける。
「……大丈夫。」
頬を紅色に染めガルゴを見上げるリョウは見たことのないほど蕩けた顔をしており、ガルゴは思わず喉を鳴らしリョウの体を抱き寄せた。
腰に手を添えて撫でてやると小さく体が跳ねる。そんなリョウのことがとても愛らしく思えガルゴは笑みを漏らしながら、優しくリョウの体中を撫で始める。
「んっ……ぁ……。」
リョウもそれに応えるように体をくねらせガルゴに対して唇や頬、首などに唇や舌を沿わせる。
「……リョウ。」
ガルゴはリョウの服の下に手を入れながら今日で一番深くリョウの口内を味わった。リョウの呼吸が乱れガルゴの大きな背中に必死にしがみつくと、更に獣のように体を押し付けながらリョウの温かい口の中を蹂躙した。
「っ……はぁ、は。」
長いキスの後、リョウの唇は互いの唾液で艶を帯び、酸素を求めそれをパクパクとだらしなく開いている。
そんなボウっとしているリョウがガルゴはまたとても愛らしく見え、再度口内への愛撫を試みようと顔を近づける。
「ま、まって……トウマ……。」
リョウは目を見開き自身の口元を押さえる。ガルゴの顔は見えなかった。いや、リョウは自ら目を逸らしていた。
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