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第20話 幻
20話 幻
リョウはガルゴから顔を逸らし震えていた。心臓が握りつぶされているかのように痛み、呼吸が浅くなって喉から隙間風のような音が聞こえる。
「……ガルゴ。」
ガルゴはそっと優しくそんなリョウの頬を撫で、軽く顎を押して目を合わせる。リョウは目線を合わせられずキョロキョロするが、ガルゴは真っすぐとリョウのことを見て言った。
「俺が触っても大丈夫か?」
その声は今まで聞いた声よりも優しくリョウのことを思って発された言葉だった。
「……っ、うん。触って……ガルゴ。」
「嫌になったらすぐ言えよ。止めるからな。」
頬にあったガルゴの大きな手は首筋をなぞり降りていく。
「……あの、その俺。さっき……。」
リョウは先程のことを話そうと口を開くがガルゴは優しく微笑み首を振った。
「大丈夫だ。すぐ終わるから気持ちいいことだけ考えてればいい。嫌なことはしない。」
「……ちが、そのっ!」
「夜になったらフラッシュバックするんだろう?医者から聞いてる。そのままにしておくの辛いもんな。」
そう言ってガルゴはリョウの太ももの間を片手で撫でる。リョウの頭の中で欲情が爆発するように溢れる。何か言いたいことがあったはずなのに、ガルゴと離れて考えたことがあったはずなのに、思考は快感に引っ張られる。
「……っ、あ。」
必死にガルゴにしがみつく。
「ガルゴ……俺、その……。」
「どうした?もっとゆっくりの方がいいか?」
ガルゴがその低くて心地良い声で囁き、温かい手で包まれると思考がドロドロに溶けていく。ふと、あの頃のトウマに抱かれ続けた日々と今の状況が重なり、リョウの頭は簡単に快楽に塗りつぶされた。
「ぁ……直接触って。」
リョウを労るようにズボン越しに優しく撫でるガルゴの手を掴むと腰を浮かせて熱くなったそこを擦り付ける。
「わかった。」
ガルゴは微笑みリョウの額にキスをするとズボンと下着を慎重に下ろし、既に液で濡れ熱を持って反り立ったリョウのあそこを親指と人差し指で擦り始める。
「手、冷たくないか?」
「んっ……もっとしっかり握って。」
指だけでなくその大きな熱い手で全て覆い隠されると、より先端から先走りが漏れ出始め潤滑油の代わりになる。
「んっ……はっ……ぁ。」
リョウが頬を赤くして体をくねらせるとガルゴは大きな音を立て唾を飲み込む。手の動きは速くなり、時々我慢ができないように唇を貪って二人の吐く息は熱くなっていった。
「っ……リョウ。リョウ。」
ボンヤリし始めたリョウの頬を撫でながら手の中にあるモノがそろそろ限界であることを感じ取る。リョウは潤ませた目を何処か虚ろに向けているがガルゴかわ名前を呼ぶと、チラリとガルゴの方を見て嬉しそうに頬ずりをする。
「……っ、はぁ、あぁ。ガルゴ……もうっ。」
「ん、いいぞ。そのまま……。気持ちよくなれ。」
「っ、はぁ……はぁ、は、ぁ……。っ!ぁあっ!」
リョウは体を強張らせるとガルゴの手の中に白濁を吐き出す。
「……っ、はぁ。はぁ……。」
入院していたリョウにとって久々の快感はいつもの何倍も気持ちが良く、出した後ぐったりとベッドに倒れ込んだ。
「……っ、大丈夫か?よく頑張ったな。」
ガルゴはそんなリョウを心配そうに顔を見て撫でたり顔にキスを落としたりした。何が頑張ったなのかよく分からなかったが、リョウはそんなガルゴの愛撫が心地良くうっとりと目を細めた。
「疲れたか?もう休むか。」
するとリョウの下半身を丁寧にティッシュで拭き取り衣服を戻し始めた。
「……?最後までしないの?」
「退院したばかりだ。そんな相手に最後までしないが?それに準備もしてないだろ。」
「すぐ準備してくる……。」
「駄目だ。今日はもう寝ろ。」
そう言ってリョウをベッドに軽く押さえつけ布団を被せ、ガルゴはその横に寝っ転がると子供をあやすようにお腹を優しく叩いた。
「……なにこれ。」
そんなガルゴの行動に嫌そうな声色をさせながら眉をひそめる。ガルゴが優しいのは分かっているがここまでされるのは流石にリョウには受け入れられなかった。
リョウはガルゴの手から逃れるように彼に背を向ける。
「寝れそうか?」
本当に優しく穏やかな声で聞くもんだからリョウは胸とお腹の間あたりにむず痒さを感じながら小さく頷いておいた。
「おやすみリョウ。」
最後にガルゴはそう言って照明を消した。
――――
目覚めてそこに見えたのは自然な色をした綺麗な金色だった。ガルゴの地毛である金髪は染めたものとはリョウには違って見えた。
ボウっと朝のまどろみの中、昨日のことを振り返る。寝返りでも打ってガルゴの方を向いたのかと、間近にあるその頭を見ながら思う。
リョウはとても気分が良かった。毎日見ていたような気がする悪夢を見ずに朝を迎えられたからだった。リョウはここ数ヶ月悪夢を見れば飛び起きるし、見ていなくても起きれば激しく動く鼓動と大量の汗に悩まされていた。
しかし、今日はそんなことはなくその眠りの温かさに体を委ねていた。
そんな温もりを感じながらもリョウはベッドから降りて、音を立てないように気をつけて着替え始めた。心の奥底からその温もりから離れがたく欲しているにも関わらず、また同じ心の底からそれを非難し苛む感情が湧いてくる。
ガルゴは穏やかに眠りながら布団を握りしめていた。そんな様子を温もりから冷めていく体を擦りながらリョウは見つめ、後悔の様な懺悔の様な気持ちを大きくしていった。
ガルゴが起きたのはそれから少し経った後で、その時リョウはリビングでコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。ガルゴの分もあるから顔洗っておいで。」
のそのそと寝起きのクマみたいに歩いてきたガルゴに微笑みかけながら言う。
「あぁ……。」
目を丸くしたかと思えば、くるりと方向を変え洗面所へ向かうガルゴ。その耳は赤くなっていてそれを見るとリョウは何とも言い難い欲情が出てきて、やはり昨日最後までしなかったのは残念だったと少し口をへの字にする。
二人はソファに座りコーヒーを飲んで他愛のない会話をした。リョウはガルゴがとても嬉しそうにリョウに笑いかけて話すので、それに釣られるようにして笑った。
そして、そろそろこの時間も終わりかという頃合いに昨晩のことを切り出してみた。
「ねぇ、昨日みたいに今晩も俺がなったら慰めてくれるの?」
「……っ、ああ。」
一度固まったがガルゴが覚悟を決めていたように真っすぐな視線でリョウに返事をした。
そんなガルゴの視線を受けて思わず目を細める。やはり、リョウにはこの真っすぐな目を焼くような光を受け入れられないと。そう確信した。そして、それを汚し手に入れたいとも思った。
初めて出会った頃、ガルゴのことはただの反抗期で捻くれたお坊ちゃんだと感じていたが、ガルゴはその真っ直ぐさでリョウのことを追いかけ本来交わることのなかった人種にも関わらずを追えなくなったりして、そんなガルゴがリョウは大好きだった。
だからこそ、完全に落としてしまいたかった。勿論、ガルゴが起こした暴行事件については少しは知ってる。
そして、ガルゴ本人に暴力に対する欲望があることも知ってる。
長年の付き合いでリョウはガルゴのことを把握し尽くしていた。ガルゴの特性について本来の性質なのか、リョウについて回るせいで出来上がったものなのかは定かでは無いがリョウはそれを逃しはしないと考えた。
「ガルゴは俺とはどこまでできるの?」
首をかしげて聞いてみる。
「どこまでって……その、お前が望むなら……最後まで。」
少し目線を逸らしながらもハッキリと言う。
「ほんと?ガルゴは?ガルゴもそうしたいの?」
「あぁ……でも、お前の体調が良くなったらな。」
ガルゴは優しくリョウを撫でるので、リョウはお礼のように手のひらに口付けをした。リョウは考えていた事などすっかり忘れ、欲望のままガルゴを堕とすことに決めたのであった。
そんな風に振る舞うリョウにガルゴは面白いほどに顔を赤くしたり戸惑ったり。リョウはそれを内心笑い者にしながら彼に付き合った。
ガルゴに何があったかリョウには分からなかったが、前より彼が自身に執着してることを察知し、ありったけの愛を振りまく。今まで知らない奴にしてきたように。
それから少し経った頃、リョウは久々に外に出ようと夜になって着替えを始めた。
ガルゴはリョウに新しく携帯を買い与えていた。この際だからせっかく直ったけれど新しい機種にすればいいと言ってリョウに渡した。しかしそれにはいつもの夜遊び仲間の連絡先が入っておらず不便だった。
そこでそいつらに改めて連絡先を聞くためにも出掛けたかった。けれども、それはガルゴによって止められた。
「なにしてるんだ?」
着替えて部屋の外に出るとリビングにいたガルゴが顔を上げ話しかけてきた。手元には仕事をしていたのか書類とノートパソコンが開かれていて、照明も青白い光に設定されていた。
「ちょっと出かけるだけ。」
「どこに?」
「どこって……。」
めんどくさいなとリョウは嘘をつく。
「コンビニ……なんか甘いもの食べたくなった。ガルゴは?なんかいる?」
「明日じゃだめなのか?もう夜だろ。」
「夜って……子供じゃないんだし。」
鼻で笑いながら返事をして玄関に向かう。
靴を履こうとした時、ガルゴは着いてきてリョウの首根っこを掴む。
「はっ?なに?」
「また、何かあったら?こうやって後ろから誰かに襲われたら?」
「……。」
「な、答えろよ?」
するりとガルゴの太い指が喉の前の方に巻き付けられ、喉仏や大きな血管を確認するようにぐっ、ぐっと押される。それにリョウは首から背骨にかけてゾクゾクした感覚が頭を支配する。
「リョウ。行かないでくれ……。」
リョウが何も言わないでいると、次は迷子のようにガルゴが体をくっつけ震える腕で抱き締めてくる。
「……行かないよ。」
その手に指を絡ませ、背伸びをして後ろを振り向いてガルゴの頬に口づけをする。
「愛してるんだ……リョウ。」
それにリョウは頷く。
「……傷つけたくない。」
それにリョウは微笑んで唇を合わせた。
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