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第24話 笑い話

24話 笑い話  リョウがおかしな夢を見て目覚めると、辺りは暗くなっていて時計の音が部屋に響いていた。  カチカチという時計の針の音を聞きながら、そっとソファを撫でてみる。ガルゴはまだ帰ってきていないのか、カーテンの閉まっていない窓から外の光が入ってくる。  なぜあんな事をしたのか、なぜあんな夢を見たのか。そんな事ばかり頭の中で繰り返され、逃げるようにまた目を強く瞑った。  しかし、鈍い鍵の開く音がした。リョウを包んでいた静けさは無くなり、足音が聞こえる。  目蓋が明るく照らされた。電気がつけられたのだろう、目を閉じていても目を刺激してくる。リョウはさらに体を丸めた。 「……リョウ。」  低い声が小さく発せられた。ガルゴがすぐ近くまで来ている。いつもつけてるコロンの匂いがする。  そして、指先がリョウの顔に触れる。思わずピクリと動く。 「……リョウ。」  また名前を呼びながらガルゴはリョウの顔を撫でる。衣擦れの音と共にトンッと床に何か当たる音がする。そして、ガルゴの話す声は先ほどより近くなった。 「……どこにも行かないでくれ。」  それを聞いてリョウは目を開けた。  そこには今にも泣き出しそうな顔で、リョウの側にしゃがみ込んでいるガルゴがいた。 「リョウ。ここに居てくれ。ここに、俺の側に……。」  ガルゴの手に力が入る。リョウを傷つけないように衣服を掴んで、リョウ自身には触ることのないように。  それをぼーっとリョウは見ていた。どうしたらガルゴの顔がいつも通りに戻るか、この状況をどうしようかと、まるで他人事のような気持ちで彼を見つめた。 「ガルゴ。泣かないでよ。」  ガルゴの頬に触れてみる。すると、怯えたような顔をして体を震わせた。  なんでガルゴがそんな顔をするのだろうかと不思議がる。しかし、今まで通り他人にやってきたように抱きしめて、あやすように頭を撫でてみた。 「……っ。」  それでも、ガルゴの顔がいつも通りに戻ることはなく。下唇を噛み、さらに歪んでいった。  それならと、そっと唇を合わせようとしたが酷く怯えたような顔をどうにかできる気がせず諦めた。  そして、抱きしめたまま時間が過ぎていった。どうしようか、どうしたらいい?  疑問は深まるばかりで、何もできずにいた。そして、現状をどうにかしようとする問いはいつしか大きくなり。今、腕の中にいるガルゴに向けられた。 「……今日も一緒に、寝ていい?」  少し詰まりながらリョウは言った。自身の気持ちも、考えも今はよく分からなかった。 「……。」  返事は無いが頷いて、より苦々しい顔をした。  その後は落ち着いたガルゴを風呂に入らせると、リョウは食事も取らずに窓際に座り込む。  窓に触れた所から熱が奪われ冷たくなる。これで冷静になるかと思いきや心は更に騒々しくなり、リョウの心に何かが積み重なっていく。  それが何なのかはリョウは知らない。ふと、燃やした封筒を思い出す。  また心に濁った気持ちが塵積もる。嫌になって目を閉じて窓に体重をかける。徐々に冷たくなっていく腕や背中。  堂々巡りする気持ちと思考を放棄したくてそのまま眠ろうとした。しかし、足音でうっすらと目を開ける。 「風邪引くぞ。風呂は入れそうか。入れないならベッドで寝てろ。」  ガルゴは近づいてリョウの顔を心配そうに覗き込む。その顔が余りにもわかりやすくて戸惑った。  リョウはそんなガルゴから目を逸らし頷く。その顔を見ていると今まで深くに溜め込んだ言葉が勝手に出てきそうになった。  ガルゴも今までに遊び回った相手と同じなのだと言い聞かせるよう心のなかで反芻した。何を今さら考えているのか。  リョウは思った。あの封筒のせいだと。あの封筒を見てから心が落ち着かない、焦り?不安?何かがリョウの行動を間違わせていく。 「ガルゴ、あの封筒なんだったの。」  封筒を燃やしたのは自身なのに。しかも、中身を見た上で燃やした。それなのに言葉が勝手に出ていった。このままじゃ、もっと出ていって昔のことさえも話してしまいそうだった。 「ガルゴってさぁ、一応良いところの息子じゃん?それなのに俺に構ってていいの?」  次々と言葉が出てくる。ガルゴの答えも聞かずに。 「前から思ってたけど俺になんでそんな執着するわけ?よくわかんないんだけど。」  次々と。 「何その顔。やめろよな。心配そうにすんのやめろって。わかんないんだけど……。」  語尾が弱くなっていく。 「お前って……。」 「リョウ、本当に言いたいことは?」 「……っ。」  目を逸らしてしまう。「あ、負けた。」と、リョウは思った。  今まで積み上げていたものが崩れていく感じが、つま先や手の先から冷たい血液となって全身を冷やしていく。 「リョウ、こっち向いてくれ。」  ガルゴはリョウの近くにゆっくりと歩いて行く。 「っ、……。」  ガルゴの手がリョウを包むようにして添えられる。触れ合った所から熱が伝わってくる。 「冷えてるじゃないか。こっちに来い。」  思わず体を強張らせながらも、言われた通りにガルゴの方へ。  すると、まるでリョウのことを温めるようにガルゴは腕を回して抱きしめる。ガルゴの顔は心配そうに眉を下げ、その目は憐れみか何かリョウには分からなかった。しかし、その目に見られていると腹の奥から憎らしさが沸いてくる。  ガルゴはリョウの体を擦る。背中に手を当てて優しく。そんな事をされてもリョウはちっとも気分は良くならなかった。 「……何か温かいものでも飲むか?」  ガルゴはリョウのことを気遣うような事を言う。 「離せ……。」 「嫌だ。」 「離せっ!」 「そうしたら何か話してくれるか?」 「うるさいっ、離せって!」  ガルゴはリョウの腕を強く掴む。リョウは腕を封じられ更に怒鳴るように抵抗する。ガルゴのその様子はリョウが次何をするのか分かった上で、腕を掴んでいる。  リョウはそんなガルゴに苛立った。長い付き合いのせいか、どこかお互いに次の行動が分かるのかそれがとても煩わしいように思えてきて。リョウの思う通りに行かず無性にガルゴへの怒りが強くなる。 「……リョウが話さないなら、俺が先に話す。」 「なんだよ……。」 「あの封筒のことだ。あの中身は俺の婚約についてだ。前、断ったがまた送られてきた。」 「……。」 「お前に燃やされた後、母親に聞いてみたんだよ。……それで?なぜ燃やした?お前の質問の一個目には答えたぞ。お前が答える番じゃないか。」 「……。」 「はぁ……。だんまりか。」  ガルゴの顔が呆れたような顔に変わる。リョウは自身の心臓の音が煩く響くのを聞きながら床を見つめた。 「リョウ。お前に構ったりするのはお前と居たいからだ。……お前にいつになったら伝わるんだ。どうすれば。俺はお前のこと……。」 「やめろ……。」 「リョウ。しっかり聞いてくれ。」 「やだ……。」 「お願いだ……。」  ガルゴの力が強くなりリョウの腕を赤くする。そんな痛みを感じながらもリョウは首を横に振るだけだ。  リョウにとって心配しただの、愛してるだなんてその場しのぎの言葉でしかないし。ましてやそんな事を言う相手の気持ちなんて今まで理解した事は無かった。  ただ自分自身が生きていく中で楽でそれっぽい関係を続けていくことで、人と同じように成ろうとしていた。  自身が人並みに成れないことを自覚し、それでも少しは同じになりたいのか恋人やらセフレという名前のある関係に縋った。  そんな事実さえリョウにとって腹が立つもので、できれば見たくない。しかし、ガルゴはそれを暴いてしまう。  ガルゴが世話を焼く、体に触れる、言葉を紡ぐと自身との違いが強調されていく。 「やめろって!」  声を荒げガルゴから離れる。なぜか目が熱い。またガルゴが驚いた顔をして、すぐに眉を下げる。 「やめろ、やめろっ!やめろっ!」  手を振り叩いて嗚咽しながら、後ろに逃げる。 「リョウ……一つ、一つだけ聞くぞ。」 「やだっ!やめろ!やだやだ!」 「封筒の内容、知っていたのか?」 「……っ!」  リョウの頭には後悔が駆け巡り、胸の奥から恐怖が襲って全身を支配した。 「何回でも聞くからな。封筒の内容を知っていて燃やしたのか?」 「……。」 「……なぜ燃やした?あの封筒にはお見合い相手の写真も入っていた。人の写真を勝手に燃やしたんだな?」 「……。」  口を開けては言葉が発せないまま口を閉じる。 「リョウ、お前にどんな事を言えばいいか俺には分からない。どうしたら俺の気持ちが伝わる?」 「……な、なんのことだよ。」 「俺はずっとお前の側に居たい。でも、好きや愛してるじゃお前には伝わらないんだろ。」 「……っは。だから、それ封筒の話となんの関係が。」 「俺がもし婚約したら?お前はどう感じる?」 「……。」 「なぁ、これは俺の自惚れかもしれない。でも、確認させてくれ。俺たちは同じ……。」  リョウはガルゴの口を手で覆って塞ぐ。次の言葉が発せられないように。  リョウにとって次の言葉は言われたくないものだった。 「……っは、ぅ、やめろ。」  荒い息をしてリョウは追い詰められたような目をしてガルゴを見上げる。 「……。話を聞け、それかお前が話せ。」  簡単にリョウの手を引き剥がすと奥底に響くような声で言う。 「……っ、はっ、なにを?俺は……別にお前なんか。」 「なんとも思ってないならなぜ燃やした。それとも……嘘ばっかりなのかお前は?態度も行動も何もかも。」 「……っ!」 「どうなんだ?」 「……そ、それは。っ……ぁ、おれは。」 「嘘じゃないなら、もっとしっかり教えてくれ。」  そう言うとガルゴはリョウの頬をそっと包み唇を指先で撫でる。 「……っ、お、俺は。っは、お前と……一緒に居たい。」  ついにリョウの口から出たその言葉はリョウの心を締め付ける。奥底にあったものが溢れ返しそうで叫びたくなる。 「……ガルゴっ、はっ、俺……。ガルゴのこと、っ!」  何とか堪らえようと自身の胸を引っ掻く。 「リョウ、ありがとう……。愛してる。」 「っ……!お、俺も……あ、あいしてる。」  ガルゴはリョウの体を包み込むと優しく口づけをした。  リョウにとって愛してるなんて言葉を言い合うのはまるで笑い話。バカバカしいものだった。そんな考えはガルゴの体の温かさが溶かしていった。

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