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ある日の夜
出前でも取るかとスマホのアプリを開いたもののこれといってピンと来る店やメニューがない。
兄は残業で遅くなるらしい。
いつかは隣に越してきたことがバレるかもしれないけど今はまだ話したくはなかった。
時折、義理の兄として連絡を来れるときもある。
なぜ、何も言わずに隣室に住んでいるのか、理由を打ち明けてしまったその時はそれすら無くなってしまいそうに思うから。
仲のいい義理の兄弟としての関係すら壊しかねない。
「....たまには外に食べ行くか」
マップを開くとアパートの近くに幾つかの飲食店がある。
部屋着と寝巻きを兼ねたグレーのパーカーとスウェット、サンダルでスマホのマップを見ながら僅かな街頭が照らす住宅地を歩いた。
と、その時。
ドン!手前から歩いてきた人とぶつかった。
「...い、たっ。歩きスマホ危ないよ?」
「す、すみません。マップ見ながら歩いてたから...」
「...マップ?」
細身で背の高い、20代と思しきお洒落な男性が首を傾げ、スマホを覗き込んできた。
爽やかな柑橘系の香水の香りに混じり、若干お酒の匂いがする。
「ああ、あの食堂か。ちょっとわかりづらいもんね。俺が案内したげよっか?」
「えっ、でも...」
「いいのいいの。なんならお兄さんが奢ってあげる。高校生?」
「は、はい。親が帰り遅くなるから、て」
補導でもされたらと不意についた嘘。
「マジかー、名前は?俺、和樹。篠田和樹」
少し酔っているのか上機嫌に隣で和樹さんが微笑んだ。
「えっ、と...潤です」
「あ、そろそろ着くよー」
こじんまりとした個人経営だろう食堂。
和樹さんとテーブルを挟み座ると店員のおばちゃんが、
「いらっしゃい」
とお水を運んできてくれた。
「俺も腹減ってたからちょうど良かったあ。先輩の送別会だったんだけど殆ど食べずに飲んでばっかだったから」
「そうなんですね」
「うん。美容師なの、俺。なんにする?なんでもいいよ?ボリュームもあるしどれも美味いからマジで」
「和樹さんは良く来るんですか?」
「うん、まあね。友達んち行く前だとか帰りとか。俺、唐揚げ定食にしようかな。潤は?」
「え?えーと...悩みます」
ふふ、とコップを片手に和樹さんが笑んだ。
「焦らずにゆっくり選んでいいよ」
「は、はい...じゃあ、俺、生姜焼き定食にしようかな」
俺の言葉を待ち、和樹さんが二人ぶんのメニューをおばちゃんに告げた。
偶然の出会いがいつしか運命の出会いにいつしか変わる。
兄さんの恋人が目の前で頬杖をつき、愛嬌よく笑っている和樹さんだとはこの日、俺は知る由もなかった。
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