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2.アフターファイブの戸隠さん②

 たぶん、戸隠さんはゲイだと思う。  だとしたらすっと胸ポケットからゴムのパッケージが出てきた理由も納得できた。  長く勤めていればあのトイレが社内でどういう使われて方をしているか知っているはずだ。彼はを求めて、あそこに来たに違いなかった。  でもあの後、彼は俺だけ気持ちよくさせて満足すると、自分は手をさっさと洗っただけで出て行ってしまった。  彼はどういう反応をしていただろうか。  自分だけ浮ついていて、そのあたりを確認し損ねた。  もしかしたら自分だってヌキたくて、固くしていたかもしれない。タチだったら当然だ。  そうでないのならゴムを別の使い方をしたかったのか。例えばローターをアナルに入れたりとか。  まさか俺以外と出会っていたら、彼はそいつと……。 「何難しい顔してるのよ」  皿の中身が綺麗になくなって、泡の消えたビールを口にしていた時、頼んでいない追加のブルスケッタがカウンターの内側から出てきた。見れば少しおちついた感じのマスターが俺を見ていた。オーダーが一通り終わったらしい。  他の客は別のテーブルで騒いでいた。 「なんで、ゴムなんて持ってたのかな、って思って」 「ああ、戸隠さん?」 「うん。たぶん、ゲイだと思うんだよね、あの人。だから女の子同伴じゃなくて、一人であの男子トイレにゴム持ってきたんだろうし」  個室で扉をあけっぱなしにして俺が戸隠さんの胸で盛ってる間、幸いにも男子トイレにやってくる人は誰もいなかった。もし、戸隠さんが誰かと待ち合わせていたらそうではなかったはずだ。 「でもだとしたら何するつもりだったのかな、ってさ。理由なんて限られるわけじゃない?」 「自分で抜くか、挿れるか、挿れられるか、ね」 「でも俺、今考えたら自分だけすっきりして、戸隠さんがどうだったのか、とかそこまで気が回らなかったんだよね。さっさと戸隠さんは帰っちゃったけど、不完全燃焼だったら他の相手と埋め合わせしたかな、とかさ」 「結婚してるんだっけ?」 「妻子はいない、って聞いてる。噂だけど」 「なんで本人に聞かない?」 「令和ではそのあたりの質問はセクハラなの。コンプラに引っかかって、人事に告げ口されるから!」 「メンドクサイ時代になったわよね、ホントに。社交的な部分しか接点がないじゃない」 「でもねあまりにもドストライクでタイプ過ぎてさ……なんだろうって、もうずっと考えちゃうとさ、おいそれと声もかけられなくってねぇ」 「あら、ウブいわね~」 「俺、タチしかしたことないからさ。悩んじゃうんだよね。同じタチだったらどうしよ~とかさ」 「恋してるんでしょ。穴孔(けつあな)の一つや二つ、ばーんとかしてあげなさいよ」 「いやほら、そこは好きだからってなんでもあげちゃうのは違うでしょ? そのあたりは、ちゃんとコンセンサス取らないとさ……」  そんな話をカウンター越しにマスターと話している時だった。  店の入り口につけられた呼び鈴が小さく鳴った。 「いらっしゃい」  すかさずマスターが客に声をかける。その方向へ俺も視線を向けて、思わず手にしていたグラスをカウンターテーブルに強くおいてしまう。 「あ……と……」  ロマンスグレーがかった柔らかな薄茶色の髪とイタリア系デザインのスーツ。  スマートフォンの画面を見ながら立っていたのは紛れもなく、戸隠さんだった。

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