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3.電車通勤で戸隠さん③
戸隠さんは俺が座る男子トイレの洋式の前で、床に正座していた。
腕は後ろ手に手錠がかけられている。
不自由なまま誰かに命令され、彼の薄い唇が俺のズボンのジッパーを咥えてゆっくりと引き下げていく。じりじりというかみ合った金具が外れていく音が卑猥に響く。
むわっとした男臭い発情香があふれる。下着はすでにじっとりと湿って濃い染みを作っていた。
戸隠さんはその隙間にすらりと形のよい鼻をねじ込んで、唇だけで俺のムスコをまるで犬のように探し当てる。
ギンギンに勃ちあがったムスコをずっぽりと口に咥えて戸隠さんが上目づかいに俺を見る。
ゆっくりと繰り返される喉と唇の深いストローク。気持ちよさと背徳感に俺の口から熱い吐息が漏れた。
彼のシャツは4番目までボタンが外されて、肉厚な胸筋が露わになっている。形の良い乳首は愛らしくピンと勃って軽く震え、もぞもぞと腰が揺れる。
「ぁあ……っ……イきそう」
俺は目を閉じて手の中で抽挿のグラインドを早くする。口の中へ出すか、上からぶっかけるか。フィニッシュに使う脳内シチュエーションに迷う。
「ぅ……んっ!」
今日は口元から首筋、胸元への派手なぶっかけに決めた。
恍惚とする戸隠さんの豊かな胸元の谷間へ、ぽったりとした白濁が流れ落ちるさまを想像したら、大便器の中へ吐き出した激情が暫く止まらなかった。
「あ~……ヤりたい」
自慰ですっきりと項垂れたムスコを綺麗に拭って、白濁の浮いた水ごと流して6階のトイレを出る。
事務所に戻ると戸隠さんはすでにいなかった。
自分の携帯は引き出しの中へ入れたままだったので、事務所に入るなりペアリングしたSmart Watchにメッセージが入る。
『お取込み中のようだったので、もう次の営業所へ向かいます。昼にお約束してたジムの件、さっそく今日金曜日なので、お試しってことで一緒に行きましょう。仕事の進捗状況と待ち合わせ時間をまた連絡します』
文章の最後に添えられたキスマークにムラっとする。
それは再び高まった性欲によるものか、ストレス発散したことによる午後の仕事への意欲によるものか。どちらにしろヤる気であるのは間違いない。Smart Watchがいつもより高い心拍数を知らせてきた。
ロッカーにいつものジムグッズは用意してある。シャワーがあるとのことだが、そのセットはないので、帰りにどこかで調達しなくてはならない。残業無しの定時で帰るためには今から何をどのように片付けていかねばならないか。段取りを考えながらアフターファイブが楽しみでしかたなかった。
ウキウキで席に戻った俺に、隣の同僚が怪訝そうな顔を見せる。
「野々上。昼間、戸隠さんと飯食ってきてた?」
「そうだよ」
「え、先約ってあの人?」
「うん」
「どういう経緯で仲良くなったわけ?」
「あの人、ツーリング以外には食べるのと筋トレが趣味らしからさ。ちょっとした世間話がはずんじゃって。隣の駅までのとこにあるジムに通ってるらしい。一緒にどうかって」
「行くの?」
「うん」
「変わってんな」
「いい人だよ。かっこいいだけじゃなくて、かわいいところもあるし」
「お前の目はどうなってんだ? 怖いだろ? 口元めっちゃ笑顔なのに目がまったく笑ってないとか。女子職員に大不評なんだぜ、あの人。絶対なんか闇を抱えてそうって」
「まあ、世代的には氷河期だしな。そりゃ、ゆとり世代の俺達には想像もできないような闇は一杯抱えてんじゃないの?」
ははは、と俺は軽く流してPCの画面をスリーブから起こした。
そんなもんフケ専やオケ専やってりゃ遭遇頻度なんぞ今時珍しくもない。
一世代前だとまだ金と体力を持ってる威張った爺が、青いお薬で頑張ってタチを張ったりしてたけれども、もうここ最近の年上世代というのは人としての何かが壊れてたり、柔軟性を失ってたり、とにかく疲れ切って燃え尽きている。
優しくされることを知らない世代。:与える(搾取される)のではなく、与えられたがってる。そういう人をグズグズに甘やかしてやりたくなる。
ただ戸隠さんはなんか違った。
隠して……誘って……試して……逃げて……挑発して……押しとどめて……。
彼には家族がいるのだからおいそれと恋愛を楽しめないというのはわかるのだが、それにしたってメンドクサイ距離の取り方をしている。
「まるでかぐや姫だなあ……」
俺は自分の心象風景とはまったく関係のない画面をみながら口の中でもごもごと呟いた。
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