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4.オム・ファタールな戸隠さん②
「おまたせしました」
更衣室を出ると戸隠さんは俺の知らない誰かと話をしているところだった。
年齢は戸隠さんと同じくらい。
身長は俺と同じくらい。
体格は鍛えているというよりはもともとがっちり型。年齢相応におなかだけが少々出ていた。
彼は俺に気がつくと戸隠さんに尋ねた。
「早速友達紹介キャンペーンの連れか?」
「そう」
戸隠さんは俺に近寄って、ぐいっと腰を抱くようにして引き寄せた。
「彼氏でーす」
なんですと?!
驚きのあまり俺はばっと戸隠さんを見る。
その口ぶりは軽やかに、引き寄せる力は強く、しかし目は恐ろしいほどに冷静なままだった。
警戒……威嚇……拒絶……戸隠さんは目の前の人物に怯えているように見えた。
理由はわからない。ただ心細いだろうとはわかったので、支えるように俺も戸隠さんの背中に手を回し、ぐっと引き寄せる。
相手は戸隠さんの事をよく知っているのか、返答に困ったような笑いを見せた。
そこで戸隠さんの緊張がふっと緩んだ気がして俺たちは離れる。
それは時間にしてほんの数秒間のことだった。
「そうだ紹介しとくよ、田代。こっちは丸井営業所の野々上君。野々上君、こっちは本社人事部部長の田代」
戸隠さんに紹介されて、表には出さないが俺の心中が強く揺れ動く。本社人事部といえは社員の生殺与奪権を持つ出世コースだからだ。
田代さんは全く紳士的な笑顔で俺に話しかけてきた。
「ああ、丸井営業所の野々上君。噂はかねがね聞いているよ」
「醜聞ですか?」
「いや。よくできる男だって」
「田代とは高校の時からの付き合いなんだ」
「一旦大学卒業で進路が別れて、彼が本社勤務になったあとで、俺が中途で採用されて再会したんだよ。ここのジムに誘ったのも俺」
「ここ数年見かけてなかったけどね」
「役付きになるといろいろと時間の融通が変わってくるのさ。娘の結婚や孫の誕生とかもあったしね」
「孫?! え、あ、おめでとうございます」
「ありがとう。いや、50を前にしておじいちゃんなんて言われるとは思わなかったよ」
「それは僕も初耳」
「私的なことだから会社でもおおっぴらにしてなかったしな」
「でもまあ学生時代にデキ婚してるんだから、当然といえばそうかもね。綾ちゃん、もう25歳だったよね。結婚したのは去年だっけ?」
「そう。そこから妊娠がわかったり、なんだりばたばたでね。祝い事が多いのはありがたいが、すっかり……」
田代さんは俺に向かって恰幅のいい腹を叩く。腹囲は間違いなく98㎝を超えていそうで、健康診断でメタボを指摘されているに違いなかった。
「で、ちょっと落ち着いたから再開しようと思ったわけだ」
「あはは。がんばって。往年のラガーマンに戻れることを祈ってるよ」
戸隠さんがついっと俺のTシャツの裾を引っ張る。俺は彼の意図をくみ取って肩を抱くと、田代さんに軽く頭を下げてその場を離れていった。
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