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5.戸隠さんとツーリング④

 相模湾に面した砂浜にたどり着いたのは丁度昼食時のピークが過ぎた頃だった。  夏は海水浴客の車でびっしり埋まる駐車場はこの季節にはあちこち隙間ができていて、バイクを一番cafeに近い一区画に堂々と駐車する。 「常々思ってたんですが、メットって駐車中はどうしてるんですか?」 「一人だったらトップケースに入れて鍵かけてるけど、今日は僕の分をメットロックで本体につけとく」  戸隠さんは自分のヘルメットからインカムを外して、ベルトやグローブ、俺のヘルメットと一緒にトップケースへ入れる。中で充電用のUSBケーブルとモバイルバッテリーに繋いでからボディバッグを取り出して鍵をかける。バイクに盗難予防を2重3重にかけた。 「クレーンで吊られて持ってかれたら一発だと思いますけどね」 「その場合はユニック付きじゃないと難しいし、4トン以下でユニックつけてこれ吊り上げたらサイズも大きいし、重さも260キロくらいあるから、バランス崩してひっくり返ると思う」 「そんなに? よく起こせますね」 「まあ多少は筋力がいるけど、それ以上にコツがあるんだよ。テコの原理的な。ただ下敷きになったらただじゃすまないよね」 「だから中型じゃなくて大型の免許とったんですか?」 「ま、それもある。引き取った時は5tの大型ユニックを知り合いから借りてたよね」  戸隠さんは潮除けにカバーまでかけて、さらにそれを飛ばないようにして俺達はバイクから離れた。 「不便を楽しむ。それがバイクだって、よく言ってた」  誰が言ったのか、戸隠さんは言及しなかった。ただその時の視線はこのバイクの謂れを語った時と同じ、過ぎ去った時間を懐かしんでいた。  混雑の波が去った近くの小洒落たカフェで昼食と休憩をとる。静かな昼の時間がゆっくりと流れていった。  海に面した二人掛けの椅子が置かれたテラス席には誰もいなくて、食後のコーヒーをそちらでとることにする。  しかし吹き込んでくる海風が猛烈に強く冷たい。すぐに人がいなかった理由を理解して、ひどく乱された髪の状態で二人して笑いが止まらなくなった。  腹が落ち着いたら砂浜へと出る。空は雲ひとつなくて、海は細かい白波がまぶしいほどに降り注ぐ日差しを反射して白く踊る。海鳥が低く飛び、ヨットが水平線を渡っていく。  カフェで思い知らされた風は相変わらず冷たくて強い。ただ日差しの分だけさっきのテラスよりは過ごしやすかった。  夏が終わるまでは海水浴客でごった返す砂浜も今は散歩を楽しむ人の姿が疎らにしかいない。あとは漁港の突堤で寒さに対する重装備のために達磨のようになった釣り人が海とにらみ合っている。  空気が澄んでいて大島や熱海、三浦半島などの稜線がよく見えた。 「三浦と熱海だったらどっちが好きですか?」  俺は遠く対岸の島影を指さして砂浜を歩きながら隣を歩く戸隠さんに尋ねた。 「熱海かなあ。三浦は割と坂道が多くて」 「ああ、バイクが……。旅行はもっぱら海沿いだけ?」 「山へ行くときは電車でいくかな。北海道にはね、若い頃にフェリーでバイク連れて行った。気持ちよかったよ。今だったら熊が怖くてちょっと考えるけど」 「車は?」 「長時間乗ってると酔うんだよね。たぶん閉鎖空間がだめなんだと思う」 「電車も狭くないですか?」 「車よりは広いでしょ。それにあんまりグニャグニャしない」 「もしかして出勤時間ずらしてるのも?」 「まあ誰でもそうだと思うけど、満員電車は確かに息苦しくなるよね」  戸隠さんははにかむ。可愛い。  ただバイクでいけそうにないところへ行くなら今度は俺が車を運転しようかとは思っていたので、酔うなんて聞いてしまうと無理強いはできないな、と諦めるしかない。そこが少々残念だった。  俺は足元の砂をつま先で小さく掘り返す。戸隠さんはその耳元へ顔を寄せた。 「ハイエースとかなら……大丈夫かも、ね」  ジムデートを誘った時のような淫靡な声で囁く。  男なら、誰でも一度は目にしたことはあるのではないかと思われる程ハイエースというのはアダルトビデオと親和性が高い。戸隠さんの艶めいた声に耳を犯されて、俺はそれを否応なく思い出した。 「戸隠さん! ……えちすぎる」 「ふふ」  強い風に髪を乱されながら、誰もいない乾いた部分と湿った部分がくっきり分かれた砂浜の水際を、戸隠さんはすいっと俺を流し見てから歩いていく。俺は砂地では歩きづらいブーツにもかかわらず走って追いついた。 「バイクの免許、取ろうかな」  そうしたら、二人でバイクツーリングができる。俺はぽつぽつと歩きながら言った。  しかし戸隠さんはははは、と笑いながらも、その提案に対して少し顔を曇らせていた。 「え~とっちゃうぅ~?」 「ダメですか?」 「だってそんなことしたらタンデムしなくてよくなるでしょ? 背中に感じる野々上君の体温、気持ちいいのに」  ぐ、と体の中心からこみあげる衝動に、俺の足が止まる。少し先を行く戸隠さんが振り返った。 「どしたの?」 「……あざとい」  俺のムスコがタイトなパンツの中でイキってた。  ちょっと前かがみになった俺の前で、戸隠さんは長い足をたたんで座りこみ、衝動の波が去るのを待ってくれた。

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