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5.戸隠さんとツーリング⑤

 砂浜をあてもなくぶらぶら歩く。  誰も俺達のことなど気にしていないし、人の少ない砂浜で知り合いなどにも決して出会わない。わかっているけれども、少しでも息が合わなければ離れてしまいそうなほど何気なく指を絡め、時折視線を合わせて友人同士の笑いを交わす。  会話は何一つ建設的な意味を持たず、ただ相手の日常を垣間見るためだけの戯れのような中身で進む。  時間だけがゆっくりと過ぎていく。目まぐるしく、予定や業務に追われる日常からすれば非常に無駄で、しかし贅沢なひと時だった。  何より贅沢なのは傍らに好きな人がいること。彼の左薬指には戻るべき現実の導があるので、右手で繋がる。戸隠さんは俺の左手を口元に寄せて、左薬指の付け根に何度か唇で触れた。  年甲斐もなくブーツを脱いで波打ち際に入る。水の冷たさや足の下を流れていく砂の感触を楽しむ。夏に海へ行くのもいいね、なんて話をして……。  気が付けば空には黒く厚い雲が広がり、その隙間から水平線へ沈んでいく夕日のオレンジが強い光を放つ時間になっていた。  俺達は裸足で誰もいなくなった砂浜に座り、その夕日を黙って見つめる。  もうそろそろ、帰りの時間だ。  わかっているのに言葉に出すのを躊躇う。わかっているのに言葉に出したくなくて黙る。バイクに乗って戻る先は、いつもの日常の始まりだから。  今日が、終わらなければいいのに。  そう思うのに、戸隠さんの膝を抱いた手で輝くプラチナゴールドのオレンジ色の光がただ目に痛い。  波と風の音に紛れて戸隠さんから小さくお腹が鳴る音が聞こえた。  俺は上着のポケットを探る。駅の自販で珈琲を買って、ポケットに入れっぱなしだったのを思い出したのだ。 「これ、冷えちゃってますが」  一つを戸隠さんに渡し、もう一つを開ける。  当然自販機から出てきた時の温度ではもうない。冷たくもなく、多少温いかな、という程度の微妙な温度になっている。一番美味しくない温度といえばそうだな、と俺は渡したことを少々後悔した。  隣の戸隠さんは缶を両手で大事に包み、ゆっくりゆっくりと口にする。形の整った唇が、微笑みに薄く孤を描いていた。 「野々上君の体温だね」  俺の手にしていた缶が砂の上に落ちた。  伸ばした左手が戸隠さんの肩を掴んで引き寄せ、右手が缶を包む両手にかかる。  深く交わした咥内の温度は熱く、甘いコーヒーの味がした。  右掌に感じる金属の固さと冷たさが俺に冷静さを促す。それを体の中で渦巻いてあふれ出した感情の熱が打ち消していく。  二人の間に入り込んでくる冷たい風に邪魔されないように、強く強く抱きしめて、言葉にできない想いを知ってほしくて深く熱くキスを繰り返す。 「戸隠さん……」  好きだ、と伝えようとして離れ、俺は一瞬ためらう。  ここで今それを伝えたら、もう止まらないような気がして怖くなる。  一瞬一瞬が愛おしすぎて、手放せなくなる。  いつか離れていくと、そうでなくてはならない存在だと頭ではわかっているのに、別れるその時に追いすがってしまいそうな不安がよぎる。  まるでタールのような愛情だ。  そんなものが自分の中にあったなんてこれまで知らなかったから、未知なる部分を知って俺は自分自身がただ怖くなる。  どうして憧れだけで終われなかったんだろう。  どうして妄想だけで我慢しておかなかったんだろう。  どうしてこんなにも、貴方が欲しいと思ってしまったんだろう。  泣きたいくらいに強い感情が溢れてきて、俺は何も言えなくなる。  戸隠さんはそっと缶を砂の上においてから両手を俺の背中に回した。  右手を頭に沿わせ、豊かな胸元へと引き寄せる。革のジャンパー越しでも彼の心音を感じることができた。 「……よしや」 「え?」  俺は少し顔を上げる。夕日はもうほとんど沈んでいて、薄暗い残り日が青白く戸隠さんを照らす。キスで上気して瞳は潤み、唇が艶やかに輝いている。発情した雌の顔だ。綺麗だと思った。  戸隠さんは可愛らしい舌足らずな猫なで声で甘えた。 「僕の、名前。美しいに、弥生って書いて……美弥(よしや)。二人きりの時は、名前で呼んで」 「美弥……美弥さん……」  名前まで綺麗だ。  胸の奥がぎゅっとしぼられるように苦しいくらい戸隠さんで心がいっぱいになって、愛しいという感情に意識が飲み込まれる。 「好き……大好き……美弥さん……好き」  キスしながら、俺は唇が離れるたびに譫言のように繰り返す。何度も何度も、恋の熱にうなされて。  対する戸隠さんはだんだんと甘く蕩けて身体から力を失っていった。  戸隠さんを砂の上に押し倒す。そんなことをすれば体中に細かい砂が入って大変なことになるのはわかり切っていたのに、我慢ができなかった。  俺は戸隠さんをかき抱き、革ジャンとバイクジーンズの間から手を差し入れる。相変わらず戸隠さんは下着を着ないので、すぐに薄い脂肪の乗ったすべらかな腹筋の感触に指先が触れた。 「美弥さん……抱きたい。抱かせて。お願い」 「ぁ……っん……それは…………だ、め……帰れなく…………なっちゃ、う」  俺は遠慮なく固く張り詰めた欲望の証を擦り付ける。そこへ戸隠さんの左手がするりと触れた。  長くて器用な指が手さぐりでジッパーを探り当てて引き下ろす。下着の奥で蒸れた肉棒に、冷たい指先と柔らかい掌、そして硬い金属の感触が触れた。 「っぁ……」  同性だからこそ知る絶妙な力加減で裏筋を指で擽られ、筒先を掌で撫でられ、ゆっくりと高みへと誘われる。  俺は戸隠さんの上に乗っかった体を両手で支えて刺激に耐える。  その間にも彼は器用な手管で俺のムスコをちゅこちゅこと弄んだ。 「ヌルヌル……イキそう?」  あまりに心地よく、しかし声を出したら下着の中でイってしまいそうでただ強く何度も頷くことしかできない。  その体を、今度は戸隠さんがくるりと体勢を入れ替えて砂浜に押し倒した。  ずるり、と下着から俺のムスコが引き出されて、一瞬股間がスースーする。 「服、汚しちゃうと大変だから、今日は中に……そのまま、出していいよ」  すっかり夕日が沈んで、真っ暗になった砂浜で、俺のムスコがぬるりと粘膜に包まれる。 「うぁ……っ!」  腸壁とは違う自在に動く肉先が肉棒を這いまわる感覚で、戸隠さんにフェラされているのだとわかる。  何も見えないのに、これまでさんざん想像してきた脳内映像と現実の感覚がリンクして、興奮が高まる。 「あ……あ……あ……いい、いい……イク…………ぃくっ!」  波と、触れ合う粘膜と、荒い吐息と、遠くの車の音……。  ぐるぐると頭の中でザッピングされた聴覚でぐちゃぐちゃになった理性が溶けて真っ黒な夜が広がっていたはずの視界が真っ白に弾けた。 「お疲れ」  2時間後、俺は自宅最寄りの駅前に降り立っていた。  バイクにまたがる戸隠さんは平然としたものだ。  一方の俺は目を合わせることはできずに、彼の形の良い唇だけを見ながら、あれが実際に俺のムスコを咥えて、舐めて、扱いて、あまつさえ白濁を受け止めたのかと冷静に考えていた。  結局、それですっきりしたのでホテルになだれ込むこともなく、俺達は大人の良識と言うやつで明日から始まる会社員としての日常を選んだ。  タンデム状態では顔を合わさずに済んだから、極力他愛もない話題と道案内で誤魔化して帰ってきた。  ただ正面からだと少々気まずい。少なくとも今日はいろいろと気持ちの整理がつかなくて俺は戸隠さんの顔をまともに見られなかった。  うつむいたまま、俺はぎこちなく手を上げる。袖口からざらっと、少量の砂が零れ出た。 「また……金曜日に」 「うん……じゃ」  戸隠さんがヘルメットのシールドをかつんと下げる。バイクはゆっくりと動き出し、加速して去って行く。  車体が夜闇の中へ消え、赤いテールランプが小さな灯のようになって消えていく段階になって、ようやく俺は顔を上げることができた。

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