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7.戸隠さんの指輪について②

 ヨシトシさん。  美しいに俊英の俊で美俊。  俺の予想通り戸隠さんの血縁関係、叔父だった。弁護士だったらしい。 「中学の時に、彼に引き取られた……」  すっかり空になった皿を前に、戸隠さんはグラスに入った水で口を雪いでから話を始めた。 「……僕、孤児だったんだ」  物心ついた時には両親がいなかった。  事故だと聞かされているが、戸隠さんは今になっても真実を調べたことはない。事故だろうが病気だろうが離婚だろうがなんだろうが、彼らが親として戸隠さんを育てられなかったという事実と、その時に抱えた拭いようのない寂しさが変わることはないからだ。 「美俊さんが言うには、父は割と昔から続いている大きな家の長男だったんだって」  今時恋愛も自由にならず、それに嫌気がさして駆落ち同然に家を出たらしい。  戸籍の閲覧も制限をかけて、実家とは一切縁を切っていた。だから戸隠さんが生まれていることも、その両親が戸隠さんが中学生になった時にはもうすでに故人であったことも実家には知らされていなかった。 「どうしてわかったんですか?」 「祖父が倒れたから。すぐには亡くならなかったんだけど、いざというときのために叔父が相続関係の整理をしている中で、父宛に残された分があった。その始末をしている際に父の死と僕の存在を知ったらしい。13か4の頃かな」  その頃から戸隠さんは年齢を誤魔化して夜の街で働いていた。金をためて、早く独立したかった。  今のベースとなる品の良い綺麗な顔立ちに匂いたつような艶っぽい雰囲気はもう出来上がっていて、それなりに怖い目にもあった。  身を守るために喧嘩を覚えた。顔を腫らして血だらけになると卑猥な誘いをされなくなるので身を傷つけることに躊躇はなかった。  美俊さんはそんな生活から戸隠さんを救い上げてくれたのだ。 「その当時たぶんまだ30前だったかな。結婚する気もないからって僕を養子にしてくれてね。綺麗な人だったんだよ。立ってるだけで絵になる人がこの世にはいるって初めて知った」  恋に落ちた。  それが養ってくれている恩によるものか、親愛の情によるものか、美しさに対する憧憬によるものか、思春期の性欲によるものかはわからない。ただ一途に好きになった。  戸隠さんは穏やかだがどこか寂し気に潤んだ視線を過去に泳がせる。  わずかに下がった口元から諦めたような、それでいて愛おしさを込めたかすれ声がぼそりと漏れた。 「幼かったんだよね」  だから初恋は強烈で、一生この人しかいないと、その時は心に決めた。  そんな戸隠さんの想いも知らず、美俊さんは親代わりとして献身的に面倒を見てくれた。実の両親が彼に与えられなかったものを全て与えるのが自分の責務であるかのように、知識を、経験を、思い出を、無償の愛を与えてくれた。 ――――不便を楽しむ。それがバイクだって、よく言ってた。  美俊さんの言葉だったのだ。  丁寧に油で手入れされた濃い茶色のシートを、古びた縫い目のひとつひとつをなぞるようにゆっくりと撫でる左薬指。  その横顔に見られた染みついた時間を巻き戻すような静謐な美しさ。  思い出して、俺は戸隠さんが本当に美俊さんを愛していたのだと知った。

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