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8.戸隠さんとクリスマスイブ④
とりあえず出来型を一通り終わらせて俺は腕時計を見る。
今切り上げたら終電には間に合いそうだった。
画面を見る。薄暗い室内でディスプレイの白い光に戸隠さんの顔が照らされている。彼は途中給湯室で淹れてきたコーヒーのマグカップを口にしながら、片手だけでカタカタとメールを打ち込んでいるようだった。
「問題発生?」
「ん? 問題と言うほどのものじゃないよ。抜けとか未報告があって、その担当者にメールで連絡するだけかな。課長と部長のCC入りで」
「帰れそうですか?」
「今年は帰れるんじゃ、ないか……な。湊人君のおかげかも」
「毎年はどうしてたんですか?」
「夜が明けちゃったらフレックスか年休申請してたよね」
「夜明け前なら?」
「ホテル」
「この時間に入れます?」
「んー……ラブホならね」
「ラブっ?!」
俺は思わず画面に迫る。戸隠さんは平然としたものだ。
「便利だよね。24時間いつでも利用できるって」
「一人で?」
「後から連れが来ますってカウンターに伝えてたら、まあ男一人でも泊めてくれるところは、ある」
「だれか来るんですか?」
「来ないよ。フラレたんだな、とでも思ってんじゃない?」
「割高じゃないですか?」
「物による。設備のいいとこはクリスマスなんてビジネスでもラブホでも大体埋まってるけど、逆にもうほんとにヤるだけみたいな部屋のところは、平常とかわんない。その割にはラブホだけあってお風呂とか広めだし。アメニティは普通に揃ってるから、ちょっと休憩とるには十分。壁が薄いとこだと隣の声が聞こえてくるのがうるさいけど、まあそれも耳栓したらいいわけだし」
へらっと戸隠さんは言う。
仕事一辺倒でエッチなことなんて知りませんみたいな顔で仕事をこなしながら、プライベートは夜の街の生き方をよく知っている年長者独特のギャップに、俺はドキドキしていた。
「今夜……ホテルに泊まりません? 二人で」
誘う声が震える。
カメラの向こうで戸隠さんは俺に視線を流した。値踏みするように俺を見てくる。
少し唇を尖らせて言った。
「やらしいこと、しないならいいよ」
「やらしいことって?」
「今日の昼間みたいなキス……とか」
綺麗な指先で戸隠さんは薄い唇に触れる。
あの唇でずっぽりと白濁入りのゴムごとムスコを咥え、大きく口を開けて見せつけるように取り出す。そんな昼間の光景を俺は思い出して喉が鳴った。
腰がむずむずしてきたけれども、深く息を吐いて興奮を逃す。
「約束します。やらしいことは、しません。それよりも前に興味あるって言ってたでしょ? キモチいいこと」
「やらしいことなしで?」
「なしで。至れり尽くせり、疲れをお取りしますよ」
「わ、だったら嬉しいなあ。いいよ。どこで待ち合わせる?」
「俺の方はもう終わったんで、今からそっち方面の電車に乗ります」
「じゃあ本社前についたら連絡してよ」
「了解」
俺はビデオ通話を切ってから時計を確認する。
今からPCを落として、戸締まりと休憩室の火の元確認して、照明とエアコン消して……。頭の中で事務所を最後に出るための段取りが巡る。
それを一つ一つこなし、この6年で最高のクリスマスの夜の訪れに、俺は期待で胸と股間を膨らませていた。
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