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9.ラブホテルで戸隠さんと①

 本社からだと駅を挟んで反対側になる場所にそのホテルはあった。  ピンクベージュの二階建ての建物に、少々手入れがおろそかになった看板がケバケバしいネオンを輝かせている。 「ラブホに歩いて入ったの、初めてかも」  俺はあたりを伺い、慣れた様子で先に行く戸隠さんの後についていく。  駐車場から繋がる出入り口ではない。通りに面しているWELCOMEと看板に書かれたアーチ状の門をくぐり、目隠しのための高い塀に囲まれた通路を歩いて行く。  通されたのは1泊一部屋9000円という、価格としては少々割高に感じる使い込まれた部屋だ。ただアメニティは5年以上前ぐらいに入ったきりの記憶の中のホテルより充実していた。 「衣類消臭剤がある」  クローゼットの中に置かれた見慣れた商品名のスプレーを手に俺はホテル経営者側の気遣いの細かさに驚く。  まあそりゃそうだ。俺たちみたいに仕事帰りにお泊まりしてしまったら着替えはない。夏だったら汗のにおいが気になるだろう。   「ここ、割と穴場なんだよ。いつでもすぐに泊まれるし、本社から近いし」 「朝食は例のカフェですか?」 「うん。それいいね。明日はそうしよう」  俺は深夜までやってるディスカウントストアで買ってきたミネラルウォーターを備え付けの冷蔵庫に仕舞う。  傍らで戸隠さんはまるでここが自宅であるかのようにさっさとジャケット、スラックス、シャツなどを脱いでいく。そうだこの人、衣類同士のガサガサがストレスになるんだった。  戸隠さんが迷いなく例の下着姿になって、バスローブを羽織ろうとするのに、俺は提案した。 「風呂行きません? 一緒に」  俺の誘いに一瞬だけ、戸隠さんの顔が曇った。 「それって、やらしいことになります?」 「普通に入るだけなら、いいよ」 「普通に。お疲れでしょ? 頭とお背中流しますよ」  バスルームはガラス張りで中が丸見えになっていた。怪しげな色の照明に照らされた白い浴槽は割とがっちり目の男二人でも足を伸ばして一緒に入れそうなサイズで、壁にはテレビがついている。洗い場は通常の家庭よりもずいぶんと広く、青いマットがたてかけてあって、金色のスケベ椅子があった。  たっぷりと湯の張られた湯船に向かい合って二人で入る。視覚的な刺激で理性が飛ばないように敢えて乳白色の入浴剤を入れた。  彼の長い足の先が俺の太ももの上に投げ出されていて、それを了解の元、俺は湯船の中で手探りしながら丁寧にほぐしていた。 「っ……ふ」 「痛い?」  時々戸隠さんが切ない顔をして口元を押さえる。足がびくっと震えた。  その理由がくすぐったいというときもあるし痛いというときもある。その時々でこちらも力のいれ具合を変えながら、足の指、足首、脹ら脛を解してリンパを流していく。末端が温かくなってきたのか、湯船から出ている彼の白い肌がだんだんと薄い桜色に染まっていくのが綺麗だった。 「ん、大丈夫」 「お疲れだったんですね。ごりごりですよ」  この時間が割と俺は好きだ。セックスとは違う征服感がある。  そんな俺の太ももの上でマッサージをしていない方の足がゆらっと動く。 「君のそのごりごりはいいの?」  戸隠さんの足先が俺の股間で隆々と勃ち上がったムスコに悪戯な刺激を与える。それをたしなめるように俺は手にした方の足に添えた親指に少し意地悪く強めの力を込めた。 「ぁ……んっ……」 「イタズラしない。やらしいこと禁止でしょ? 俺のことはいいから、美弥さんはすべて預けて」 「お互いにキモチよくならなくていいの?」 「昼間はキモチよくしてくれたじゃないですか。だから今はお返し。ね?」  両足を十分に解したくらいで戸隠さんの顔が酔ったように赤くなったので湯船から上げる。 「髪、洗っても大丈夫?」  ほや~んとした状態でこくん、と頷く。湯気の中で柔らかいロマンスグレーがかった薄茶色が揺れた。  少し上を向かせてシャワーで少しずつ濡らしていく。水を含んで癖が強くなった豊かで柔らかな猫っ毛が掌に心地良い。 「熱くないですか?」 「大丈夫。はぁ~……気持ちいい」  少し上向きに目を閉じた顔がほんのりと桜色に染まって艶っぽい。  自分の欲望はここではおいておくと決めているが、イライラした股間の筒先からは我慢の涎がだらだらと垂れていた。 「美弥さん……軽くキスして、いい? それともやらしいから、だめ?」 「軽いキスは……やらしくない」  俺は彼の後頭部を支えたまま、ゆっくりとキスをする。唇が少々強めに触れる程度で、舌はいれない。離れるときに敢えて音を立てて離れると、うっすらと瞼を開けた戸隠さんと視線が合った。 「辛くない? 目、ちょっと血走ってるけど」 「だ、大丈夫ですよ。俺に任せて」  シャンプーを手に取って泡立て、指先で頭皮に円を描くように洗っていく。  時々戸隠さんは首をすくめたり、体を震わせていた。 「くすぐったい?」 「っていうか、なんか、背中からぞわぞわくるっていうか。あ、あー……そこ、そこ……ん」 「それ、慣れたらどんどんキモチよくなりますよ。恥ずかしいことじゃないから抗わずに素直に感じて」  俺に言われるまま、戸隠さんは目を閉じて内側から湧き上がる感覚を追う。そちらに集中しているから、指先を滑らせるたびに首のこわばりが少しずつ抜けていくのがわかった。  ネコを撫でるように髪を指で梳いてあげる。 「気持ちいい?」 「……ぅん。湊人君の指、じょーず」  風呂場に響く戸隠さんの声は少し掠れて色っぽい。俺のムスコがふるっと震えた。  でも、我慢。 「リンスとかコンディショナーします?」 「しない。するとね、さらさらしすぎてまとまらないから」 「見てみたいですけどね、さらさらの美弥さん」 「明日が仕事じゃなかったら、試させてあげたんだけどね」  そう言った戸隠さんの髪を俺はシャワーで濯いでいく。  たっぷりとした泡が彼の鍛え上げられた体の凹凸を流れ、タオルに隠された彼の太ももの間に伝っていった。

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