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11.戸隠さんとカウントダウン④

 夕日がビルの谷間に消える頃。  自宅近くのビジネスホテルの駐車場に車を置く。男二人が山ほどの荷物を両手に抱えて顔を見合わせて苦笑いだ。 「うちの冷蔵庫、入るかな」 「白菜とネギとブリとレンチンする冷凍食品以外は、常温でも問題ないものばっかり買ったから、大丈夫じゃない?」  ゴーストタウンのように静かな日暮れ後の通りを歩く。  大きな紙袋やエコバックの中にはワインとビール、そしてつまみの乾きものやオイルサーディンなどの缶詰類だ。正月らしいものといったらノリで買った切り餅とミカン、ブリしゃぶするつもりで買った鍋の具材くらいで、あとはほぼ日常とかわらない。 「おせち料理とかの方が良かったですか?」 「いや。酒が飲めないし、施設にいたときは気を遣って作ってくれたりしたけど、味が微妙だった記憶しか無くて」 「俺も。うちはそういう行事ごととまったく無縁の家庭でしたからね。学生の時は24日からとにかく働いてましたよね」 「年末年始も?」 「地域の餅つき有料ボランティアとか、寺で飯食わしてもらう代わりに庭を手入れしたりとか」 「あ、割と忙しいんだね」 「誰かが休むために誰かが働いて社会って出来てんだな、って10代の頃に知りましたよね」  ただ前の彼氏と付き合っていた間だけは例外で、顔見知りのラフな集まりに連れて行かれたりした。労働以外で自動的に金を回して優雅に暮らす人々というのが本当にいたのだと少々驚いたものだった。  5分ほど歩いて自宅のマンションにたどり着く。  一階のポストには量の差こそあれ、クリスマス前後からポスティングされたチラシや郵便が詰まっている。俺は自分の箱から請求書の類いだけ拾い上げると、あとは廊下の隅っこに置かれたゴミ箱へ捨てた。  エレベーターで4階まで上る。ほんの数秒の間だというのに、俺はカウントしていく電光板を見上げたまま、何も言えなかった。  心臓が、高鳴る。  モーター音が気になるほどに静かで、早くなる心音が戸隠さんに知られまいか緊張する。  戸隠さんは、どう思っているのだろう。  部屋で見たエネマグラが記憶の中で俺を誘惑する。 ――――ネコになって、あげよっか?  思わせぶりな猫撫で声。柔らかくしなる滑らかな肢体。柔らかい雄っぱい……。  8年ぶりのセックスの予感に不安と期待が混在していた。  大丈夫。この間ホテルへ行ったときはちゃんと勃った。  しかしいざ挿れるという段になって俺のムスコが怖気づきやしないだろうか。  もしうまくして戸隠さんの中へ入れたとして、暴発してしまいやしないだろうか。  もしくは興奮しすぎて自分勝手に傷つけてしまいやしないだろうか。  ウリ専してたときは感じたこと無かった不安が、セックスブランクのために次々とわいてくる。  エレベーターが小さな鈴の音を響かせてゆっくりと止まると、ごとん、と扉が開く。廊下には全く人の気配はない。皆どこかで家族や親しい人たちと過ごしているのだろうと思われた。 「湊人君」  背後から戸隠さんに呼び止められて俺は振り向く。  お互いに両手がふさがったまま、ただ唇だけで軽く繋がって離れた。  戸隠さんは閉まりかけるエレベーターを荷物ごと腕で押さえて、少し高い目線から俺を見る。その目は迷う子羊をあやす聖母のように穏やかに、けれどもお転婆な少女のように悪戯っぽく微笑んでいた。  綺麗だ。  その顔に俺の独り善がりな不安や焦りがすうっと浄化されていく。 「あはは。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔」 「え……あ……そ……その……」 「大丈夫。僕は、逃げたりしないから……焦らないの」  するっと先に戸隠さんがエレベーターを出ていく。  俺は8年、方や戸隠さんは16年。  ブランクにも関わらず板についてるタチ仕草。  生きてきた年齢の差によると思われる人間的な余裕を見せつけられた気がして悔しい。  反面、今夜抱かれるのは俺でいいよ、と思わせるほどのかっこよさだった。

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