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11.戸隠さんとカウントダウン⑨
テレビでは紅白歌合戦が終わってゆく年くる年が流れていた。雪の中の山寺で、ごおーんと煩悩を払う鐘の音がなっている。
それを見ている俺の部屋では、本当は20時以降は遠慮してください、と言われる洗濯機が今夜は遠慮なく回っている。中に入っているのはバスタオルと、パジャマ代わりのTシャツと下着。戸隠さんはフリーサイズの俺のTシャツを着て、腰元に毛布を掛けてソファーを背もたれにして床に座る。彼の咥内からムスコを引き抜いた際、勢い余って眼鏡や髪に残滓を溢れさせてしまったのだ。本日2度目の風呂に入ることになった。
二人して除夜の鐘が鳴るよりも前に煩悩が落ちてしまったので、風呂場では普通に洗いあっただけ。何より俺達は腹が減っていた。よく考えたら15時ごろにカフェで軽く食べてから、今の今まで絶食状態だったのである。
戸隠さんはぽやんとした様子でインスタントの蕎麦をずずず、っと啜る。その後ろで俺はソファに座って相変わらず彼の髪を乾かしていた。
「できた」
髪がさらっさらになったところでドライヤーを止め、髪に鼻をつっこんで軽くちゅっと後頭部にキスをした。
テーブルの上には俺の分のインスタント蕎麦がある。俺は戸隠さんの隣に座り、彼の下半身にかけられた毛布の中へ入り込む。毛布の下の戸隠さんはノーパンだ。ムラムラする。が、それよりも先に腹が鳴った。
「のびてるかも」
「蕎麦はのびてるくらいがちょうどいいです」
俺は蕎麦を手に取ってずぞぞぞ、っと啜った。
テレビのリモコンを手にした戸隠さんがチャンネルを変える。
「あ、これ」
止めたチャンネルでは若いアイドルが30秒前からカウントしている。コンサート会場に集まった大勢の人の中に、どうやら娘さんがいるらしい。
5,4,3,2,1……。あけましておめでとう、という声と共に、真っ暗な夜の空に大音響とキラキラした花火が舞う。
どちらともなく俺達は顔を見合わせ、軽くキスを交わす。天ぷらそばの味がした。
「あけましておめでとうございます」
「おめでとう。本年もよろしく」
「よろしくお願いします」
視線を交わし、微笑みあう。たったそれだけのことがものすごく気恥ずかしい。さっきまでさんざんイヤらしい触れ合いをしていたというのに、だ。
へへへ、と笑いあって、再び俺達は蕎麦に向かった。
「寝ちゃいそう……」
テレビの画面は6曲目を流していた。
テーブルの上には汁が残ったカップ麺の器。
カーテンレールには加湿器代わりの濡れた洗濯物。大きなバスタオルとTシャツと共に戸隠さんの布地の少ない下着が揺れる。
俺は戸隠さんを抱きしめソファに横たわる。食べてすぐ寝ると牛になるとはよく言われるが、性欲も食欲も満ちたら急激に睡眠欲が襲ってきた。鐘の音程度じゃ俺達の煩悩は消えたりしないらしい。
逆流性食道炎にはなりたくないので上半身は少し角度がつくようにして寄り添う。戸隠さんはすっかり甘えた猫のように俺に寄りかかってうつらうつらとしていた。
俺は毛布の上から何も履いていない戸隠さんの桃尻をゆっくりと撫でて堪能する。
「湊人君の手、気持ちいい」
「か~わい」
ちゅっと髪に、額に、頬にキスをする。
「いいですよ。寝ても」
「やだ。せっかくの夜じゃない。もったいない」
「まだ明日もあさっても時間はありますよ。4日までフリーなんでしょ? 俺はずっと側に居ますよ。気持ちよかった?」
「うん。すごい……こんなの、初めて」
トロンと蕩けた顔付でそんなことを言うから、たまらなくなる。
これまではタチだったから、こんな顔も姿も誰にも見せたことはない。わかっているけれども、らしくもなく彼が辿ってきた男性遍歴に苛立ってくる。こんな色気を不特定多数に見せてきたのかと。
俺は強く抱きしめたまま、見える範囲、届く範囲にキスの雨を降らせる。対する戸隠さんはされるがまま、うっとりとそれを受け入れていた。
「美弥さんはさぁ……フェラするときっていつもナマなの?」
「うぅん」
ぽやんと眠そうに戸隠さんは首を振る。
「美俊さんと、湊人君だけぇ」
「それって……」
意味をかみしめて動きが止まった俺の頬を、戸隠さんの長い指が、微かに体温の低い手が包み込む。
長い睫毛の影がかかる瞳を潤ませて、薄いが艶やかで淫乱な唇をうっすらと緩ませて、吐息に溶けた言葉で俺の耳をくすぐった。
「……本気で、好きになった人……だけだよ」
唇が近づく。軽く触れて、ねっとりと離れる。俺の睡眠欲が性欲に吹き飛ばされた瞬間だった。
「美弥……さっ」
だが、対する戸隠さんの瞼がするするっと帳を落としてしまう。
「美弥さん?! え、ちょ、なま殺し! よ~しやさ~ん!」
揺すれども、全身の緊張がほぐれたアラフィフの睡魔は強い。縋り付くようにして戸隠さんはすやすやと静かな寝息をたてて完全に眠ってしまった。
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