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第25話
スラッシュの氷のような手を引いて建物の中に戻る。
だが、それは廊下の途中までだ。先でエレベーターが口を開いて待っているのを見たのか、スラッシュは私の腰を脇に引き寄せると早足になり、それに飛び乗った。
「あっ」
エレベーターの壁に身体ごと押し付けられる。肩と腰をがっちりと捕まえられ身動きひとつできなかった。手と同様かと思ったが冷えているのは彼の服だけだ。中に潜んでいる身体は熱い。
縋るような抱擁だった。まるで逃がさないとでも言うような。冷たい尖った鼻先が首筋に擦れてぞくりとする。スンスンと鼻を鳴らして、何かを確かめるようににおいを嗅いでいた。
不意にスラッシュの吐息と唇、温かい舌が耳の後ろを滑る。びくりとして身体をすくめると、逃すまいとしたのか抱きしめる腕に力が入った。
手が私の頸を掴み、性急に唇と唇が重なる。高い鼻梁が私の鼻先を擦りながら右、左と齧り付いてきた。
「!……んっ、ン…」
薄いが柔らかい唇。濡れた音が密かにする。温かい舌が私の唇をかいくぐり、入ってくる。巧みに舌を絡めて自らに呼び込む。スラッシュの太い犬歯に舌が触れてぞくりとした。
少し乱暴なキスに応えながら彼のシャツにしがみつき、ネクタイを掴んで引き寄せる。
興奮している。すごく。
発情しているんだ。本当に…
スラッシュの身体に秘められた熱量に、肌が泡立った。
息が苦しくて喘ぎながらも舌を絡め合う。深く舌を差し入れられ、吸われるたびに甘く呻いてしまう。キスの心地よさもだが、足の間に入れられた彼の太ももが私の股間を擦り上げていた。腰を強く掴み寄せられつつ巧みに膝を揺らされると、摩擦に反応してしまう。
私の腰骨にもスラッシュの硬い股間が当たる。ギクリとする大きさだった。
「あっ、…だめ、部屋に…」
彼に抱きすくめられていた隙間から手を伸ばして、開いたエレベーターの扉を押さえた。私の顎を掴み強く唇を吸ってからスラッシュは身体を離し、屈んで私の太もも裏にサッと片腕を回す。
「わ…!」
私を軽々と肩に担ぎ上げると、大股にペントハウスへ向かう。離す気はないらしい。
玄関扉が背後で閉まる時には、すでに私は彼に抱かれて再度キスをされた。
「冷えてるから…シャワーに…」
吐息と共に言う。彼は濡れたスーツを後ろ手に脱ぎ捨て、私は彼のネクタイを解く。
「いらねえ。…お前が温めろ」
低く囁いた欲望に濡れた声。いつもとまるで違う。薄く目を開くと、とろりとした赤い隻眼と視線が合う。
本当に、スラッシュだ。
彼とキスをして…それ以上のこともしようとしている。
胸が高鳴る。痺れるような疼きが腰に広がる。
でも、彼のエロティックな視線を真っ向から見てしまい、恥ずかしさに視線を落とした。
顎を掴まれ、上げさせられた。
「見てろ、俺を」
「……っ」
大きな掌が、私の首を辿り鎖骨からスーツの襟に入り込む。肩を撫でられながら上着が床に滑り落ちた。
目が離せない。
筆で払ったような切れ長の目も、唾液に濡れて光る唇も。
ベルトを取られ、スラックスを引き下ろされても、彼の精悍な頬から顎を撫で、早くキスの続きをとねだる。それを悟ったのか、彼の瞼が細くなり顔が近づき唇がまた重なる。
嬉しい。
応えてくれた。
恐る恐る彼の首に腕を回す。嫌がらず、抱き寄せてくれる。
「んっ」
シャツと下着だけになった私をスラッシュは抱き上げ進む。彼の肩口からポツポツと2人分の脱ぎ散らかされた服が見えた。
間接照明が灯るだけのリビング。
スラッシュは乱暴にローデスクを足で押しやると、ラグの上に私を押し倒した。すっかり熱を取り戻した彼の重い身体がすぐにのし掛かってくる。
「ベッドじゃ…」
「待てん。ここでいい」
「あ…っ」
シャツを力任せに押し開かれる。ボタンが小さな音を立てて床を転がっていった。一瞬、身体を隠したい衝動に駆られ腕を縮こめたが、スラッシュに遮られた。
満足そうな呻き声をあげると、彼は私の首筋に唇を這わせながら、温かい手で脇腹から胸板を撫で上げ愛撫する。硬い掌が乳首の上を通ると、甘い快感が閃いた。
「……、…は…」
「感じるか」
ハッハッと短く息を吐きながら、スラッシュの指は執拗に乳首を擦り捏ねる。黒い爪で尖ったそれを弾かれるのを見ていた。
「ん。…気持ち、い…」
「後で可愛がってやる」
「…後? ……あ、っ…」
言ったや否や、手は私の股間へと赴き、下着を掻い潜って侵入してきた。すでに硬く張り詰めていた急所でもある雄を握られ、さすがに驚き身体がこわばった。
スラッシュが不服そうに呻く。私が身体を固くしたことに怒ったのかと思ったが、違う。手を一度離すと、尻に回してあっという間に下着をつるりと巧みに剥きとられた。
そして膝を押し開かれる。
「スラッシュ…ちょ…待…」
あまりの早さに思考が追いついてこない。ただ、彼を宥めて押し返そうとしても無理だった。
「いい匂いだ…レオニス」
耳を齧られながら、囁く声は甘くて。
低くしっとりと濡れたスラッシュの声をもっと聞きたくなる。はしたなくねだってしまいそうになる…もっと、もっと名前を呼んで欲しい…と。
スラッシュはちゃんと私だとわかって、抱いている。
誰かのかわりや、発情のためだけじゃなく。
そう実感したかった。
身体を彼に任せる。そうだ、これはずっと夢想していたことだ。私も求めていた。臆することなんかひとつもない。あるとすれば、スラッシュが私の身体を気に入ってくれるかだけだ。
「あっ、ァ…!」
今度こそ雄をしっかり握られ、絞るように擦られる。自分でしていたのとも、想像していたのとも違う。早かったりゆっくりだったり、強かったり弱かったり……緩急をつけて巧みに煽られた。その間も唇を塞がれ舌を吸われると、もうどこが気持ちいいのかわからなくなる。スラッシュの手の中で、全身をもみくちゃにされているような心地だった。
与えられるまま、腰が揺れる。
「や…っ、すぐ出…っ、でちゃ…う…!」
キスの合間になんとか言う。荒い息をぶつからせながら。彼の手を汚したくなかったから。
「わかった」
スラッシュはそう短く言うと、上半身を起こし…そのまま私の下半身に屈み込んで、股間に頭を埋めた。
ヌルリとした熱いものに雄がくるまれる。口に含まれたと気づくや否や、吸われた。
「!……あっ、ア――…!」
もがいても、彼の身体が腹の上にあるせいでびくともしない。駆け上がってきた絶頂の波も止められず、私はただ彼の背中のシャツを引っ掻くしかできなかった。
ビクビクっと震える。息が詰まり、上擦った声が思わず漏れた。熱いスラッシュの口内で自分の雄が震える感触と、切っ先をヌルヌルと舌が擦る刺激を生々しく味わう。
スラッシュがようやく身体を起こす。果てた雄がヒヤリと外気に触れて、寂しさを覚えた。
「―――」
スラッシュが何か言ったが、聞き取れなかった。自分の感情と上がった息を整えるだけで精一杯だった。彼が視界の端でシャツを脱ぐのが見えた。美しい広背筋が現れる。筋肉の筋が淡いライトの中で陰影を浮かべる様は、これからの情事をより明確にするようだった。
下着を下ろしながら、スラッシュが身体を覆す。
またキスしてくれるのかと、彼の頬を両手で挟んで呼んだが、私をチラリと情欲に濡れた瞳で見て、掌に唇を押し付けただけで、彼はまた屈み込む。
私の両膝を押し上げながら。
「!」
腰が浮き、持ち上げられた。
口で愛され、真っ赤に色づいた雄がまた跳ねる。それよりも奥にある秘部にスラッシュの舌が這ったからだ。ちゅぱ、ぴちゃ、と濡れた音が響く。
「あ、あ…そんな…っ」
窄まりに熱い舌が擦れ、時折硬く尖らせた舌先がこじ開けようとする。思わず力が入り…結果、そこはヒクヒクと動いてしまう。
スラッシュが少し微笑むのが見えた。ハアハアと息を荒げるのも隠さず唇では性急に激しく愛撫を施しながら。
「ひくついてる…可愛いな…」
隻眼が私を見下ろす。
羞恥に叫びたくなる。
けれど…もっと欲しい……
「いい…から、そん、な…ことしなく、ても……。発情、我慢…してるんだろっ?」
腰に当たる脈打つ熱。ヌルヌルとしている。見なくてもわかるほどそそり上がっているのに。
隻眼が細くなり、凄みを纏う。
「俺は獣じゃねえぞ」
「でも、…辛い、んだろ? 私なら…大丈夫。耐えられる、から……」
ただ早くスラッシュの苦しみを取り除いてやりたくて言ったつもりだった。
「!」
ガブっと遠慮なく内股を噛まれた。痛みが走り、思わずスラッシュの髪を掴んだ。犬歯が私の肌に食い込んでいた。
血が滲む。
「殊勝な態度はやめろ」
「!」
「本気でお前が痛いのがいいってなら、そうしてやる。…だがいつもみてえに本心を隠してるなら…」
私の肌を伝った血を舐めながら、彼は凄む。
「今からでもお前を置いて、別の奴を犯しに行く」
それは――
嫌
……いやだ
スラッシュに抱いて欲しい
好いて欲しい
離さないで欲しい
はやく欲しい…そう思っているのは私だ
その雄芯で、私を貫いて――と。
「や…、いや。…いやだ、スラッシュ…はやく。はやくちょうだい。おねがい……」
懇願した。
腹の奥底が欲望に震える。自ら内股を押さえ、尻肉を掴み開き彼の前に晒す。
「スラッシュ…お前が、ほしい…っ」
自分の雄から蜜が腹から胸へと垂れた。
スラッシュがそれを舐めとる。そして……
「それでいい」
私の首筋に顔を埋めて、笑みを含んで嬉しそうにそう言った。
彼の熱い尖りが秘部にぶつかる。
何も考えられなかった。
はやく、はやく。
それだけ。
「レオニス…、…レオ……」
スラッシュの、熱の籠った声が私を呼ぶ。
彼の背中に腕を強く回す。
これは私の狼だ。
私のもの……
だれにも、わたさない。
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