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第32話

「さ、何でも聞いてくれ。時は金なりだ」  一番無駄口を叩いてるのはテメエだろうが。  吸血鬼のくせにふざけた名前しやがって。  喉までその言葉が出掛かり、何とか飲み込んだ。  ベタベタとレオニスに触れるのも腹が立つ。目を細めて奴を舐めるような視線で見るのも張り倒したくなった。  何よりも、すべてお見通しと言わんばかりの金眼。狡猾な狐のようだ。 「我々が聞きたいのはドン・アレッシの行動の意図だ。お前の方が奴を把握しているかと思ってな…やはり先日発表になった医薬品に関する法改定への不満だと思うか?」  レオニスがそう質問を投げたが、クリスチャンは俺に視線を向けたまま外さない。俺もそれを見続けた。  大きめの口が開く。 「奴らはいつだって吸血鬼には反抗的さァ。俺たちが与えた恩義の傘の下にいるのが耐えられんのよ。俺の管理する店でも数ヶ月に一度は必ずトラブルを起こす。そうして自己主張してるのさ…まー俺とアレッシの関係は商売敵だからなァ、政治的な小難しさはないがなァ」 「なら先の襲撃も、法改定とは特に関係がない?」 「関係なくはない、が、難癖程度だろうさ。マジで腹を立ててるというよりかは、ケチをつけられるときにはきっちりケチをつけんのが奴らマフィアだ。マジメといやぁマジメだな」 「つまり、いつもの牽制でしかないと?」  レオニスが腕を組む。腑に落ちていないようだ。  クリスチャンも腕を一度伸ばしてから大仰に腕と足を組む。尖った靴で、トントンとローテーブルの縁を叩いた。  奴はまだ俺を見ている。  そして言う。 「理由はソイツかもな」  俺を指差して。  レオニスが振り返る。その瞳は怪訝そうだった。 「どういうことだ、スラッシュが何故」 「……レオニス。お前がこの店からソイツを連れてった後、夜の界隈で噂が立ったのよ。お前が素性のよくわからん男を気に入って囲ったってなァ」 「……」  クリスチャンに向き直ったレオニスの顔はわからなかった。だが少し肩をそびやかしたのが見えた。  あれ以来、歓楽街に行くことはなくなっていたから、俺もその噂はよく知らなかった。 「んで、その数日後。お前は近侍になった新顔のソイツを連れ回し始めた。その噂を聞いてた奴らがどう思うかはわかるよなァ? …お前自身はマフィア界隈には調べ尽くされてる。だが新顔はどうだ? お前が信頼してはべらしてる眼帯の男は何だってなるよなァ?」  俺はレオニスの気配が変わるのを感じた。  室内の温度が少し下がったような感覚だった。 「あの襲撃は、マフィアがスラッシュの値踏みをしたと?」  平坦だが、怒りを含んだ声だった。  それが事実なら、エドはレオニスのためではなく、俺のせいで撃たれた。隣に立っているエドを見る。エドは釣られて俺を見たが、笑って「気にしない」とでもいうように小さく首を振る。 「レオニスへの牽制には変わりないさァ。お前が得た近侍のお手並みを拝見ってんで、イヤガラセしたわけだからよォ」 「……」 「実際、スラッシュはいい働きをした。エド坊は吹っ飛ばされたが、お前は無傷だったわけだし。それ以来、お前もよりスラッシュを手放さなくなった。それにもうひとつ、お前は目に見えて血色も良く元気になった。アレッシからしたら、同時期に現れた眼帯男の素性はどーしても知りたいと思ったはずさ。吸血鬼が元気になるのはただひとつ、吸血だ。レオニスが人血を絶ってたのは皆が知ってる、だからこそ弱り切っていたんだしよ。そんな奴が全盛期の力を取り戻してると知ったら…そりゃあ、お前にひ弱でいて欲しいマフィア共はオチオチしてらんねぇよなァ」  俺は、レオニスの膝に置かれた拳を見ていた。  白くなるほど握られている。  俺は聞いた。 「俺の素性はバレてんのか」  奴は俺の言葉に曖昧に首を振る。 「わかんねぇな。だが、今はそう思っといた方がいいかもなァ。お前が人狼だって知ってんのはレオニスが公布した吸血鬼達だけだが、俺らの仲間にも口は軽い奴がいるしよ」  隣に立っていたエドが一歩前に出て言う。 「あの、しかし…それが知られて何かまずいことでもあるんですか? レオニス様が不老不死の強靭な人狼をガードに得た。それはアレッシにとってのデメリットであって、我らのデメリットではないのでは?」  その質問に、クリスチャンは自分の赤毛をなでつけつつ「あー、んー」と生返事をする。それをレオニスが引き取った。 「エド…今言われた通り、私が力を取り戻しているのがわかるだろう」  言いながら身体を捻り、背後のエドを見る。 「はい、お元気そうで何よりだと」 「それは何故だろうと、お前も考えただろう?」 「…はい」 「それは、敵も同じだということだ」 「……」  レオニス、クリスチャン、エドが俺を見る。3人の吸血鬼に見つめられると流石に居心地が悪い。だからと言って自分から「俺はレオニスの餌だ」とも言いたくはない。  小さく、レオニスが息を吐いた。 「エド。…私はスラッシュから血を飲ませてもらっている」  奴が言ったことに、エドはやはり目を丸くしたが、どこか予測が当たったと言う顔でもあった。 「長く人血を飲めなかった私だが、…彼の血だけは……飲めたんだ。そして私は力を得ている。私の唯一の…力の源が彼、スラッシュなんだ。恐らく、敵もそのことを予想しているだろう」  レオニスは俯く。  俺は、レオニスにとって「最強の盾」であり「唯一の餌」、「力の源」でもある。だが同時に、レオニスの力を大きく削ぐための、立派なウィークポイントにもなり得る。そういうことだった。  やれやれ。  知らない間に、渦中のど真ん中に自分がなっているとは。まあまだ予想でしかないが。 「あ、あの…いいですか?」  エドが小さく手を上げて言う。 「不躾かもしれませんが…」  クリスチャンとレオニスと俺は言葉を待った。 「その………じ、人狼の血って…吸血鬼が飲んでも大丈夫なんですか? レオニス様、お腹を壊したりは、しないんでしょうか?!」  何を言うのかと思ったら。  エドは心配気な瞳でレオニスを見ているし、クリスチャンは「確かに!」と膝を打っている。 「そー言われたら俄然興味が沸いてきたなァ。…なぁスラッシュ、お前にとっちゃ減るもんじゃねえし、ちょっとだけ味見させてくれっか?」  クリスチャンが言い出す。エドは流石に言わないが、それでも目を輝かせて興味はあると言った顔をしていた。  流石にそんな実験に付き合う気はなく「誰が味見させるか」と言おうと、組んでいた腕を解いた時、レオニスがすくっと立ち上がると、素早くピシャリと言い放った。 「ダメだ! スラッシュは私のものだっ!」  扉の外まで漏れるんじゃ? …というほどの声量だった。  …あのなぁ、今何を話してたと思ってるんだ。  俺がレオニスのウィークポイントかもしれんって話だ。  今、明らかに宣言しちまっただろう、それを。  解きかけた腕をさらに強く組んで、大きくため息をつく。吸血鬼は意外にも呑気な集団なのかもしれん。寿命が長いと色々鈍感になるものだ。 「ふーん?」  クリスチャンが顎を撫でながらまた嫌な目つきをする。ニヤニヤと笑えばより軽薄に見える。  それが不躾にジロジロ俺の身体を這い回る。 「……お前もまんざらではないんだなァ、スラッシュ」 「……」 「気づいていないのかなァ?…人狼さん、お耳が赤いですよ?」  奴が、声のキーを上げて身体をくねらせ言う。  ――ぶん殴っていいか?

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