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第5話

 からになった番重を台車に乗せて車に運ぶ大翔の後ろについていった。昼休みの駐車場には誰もいないことを確認してから口を開く。  「おまえ、会社どうしたの?」  「藪から棒だな」  「だってまさかこんな風に会うとは思わなかったし」  じとりと睨みつけると大翔は眉尻を少し下げた。基本的に表情が変わらないポーカーフェイスだが、困ったときだけ眉が下がる。  そんな細かな癖までまだ鮮明に覚えている自分に呆れた。  「会社は辞めて実家のパン屋を継ぐことにしたんだ」  「大企業だったじゃん」  「まぁ色々あったからさ」  真っ黒な瞳から後悔や諦めが混じったものを感じ、三年間という時の重さを感じた。  大翔は小学生のときに父親が亡くなった。元々パン屋だったのか母親が引継いでいるのは聞いている。付き合っていたときから店の手伝いがあるからと平日は必ず帰り、泊まるのは週末だけだった。  深く家の事情は知らないが言葉の節々から母親をとても大切にしているのを感じていた。  「色々のなかに結婚も入ってる?」  「……あぁ、そうだな」  大翔の薬指には真新しいエンゲージリングがはめられている。傷や汚れ一つない指輪は見せつけるように眩い光を放っていた。  「式はしたの?」  「親戚だけ集めて一応ね」  「おめでとう。呼んでくれたらよかったのに」  思ってもみないことがするりと出た。大人としての社交辞令を言えるくらいの余裕があることにほっとしてしまう。  「さすがにそんなことしないよ」  大翔は小さく首を振った。  もし招待状なんて送られたらその場で破いて燃やしていたに違いない。  理由もわからないまま別れを告げられて、いつのまにか結婚までしいて、じゃああの付き合っていた時間は大翔にとって無駄だったということだろう。  (やっぱり女の方がよかったんだな)  三年経ってもまだ忘れられないのは自分だけなのだと置いていかれた気分だ。  初めてのキスもセックスも大翔は女の柔らかくて甘いものに飢えていたのだろう。  だから付き合っているときのセックスは一回だけだったのだ。  大翔なりにボーダーラインを作ってくれていたのだろう。その我慢の限界がきて振られたということなら納得がいく。  ゲイとノンケの恋愛ではよくある話だ。  「煌はいま付き合ってる人いるのか?」  「まぁいい感じの人はいる」  大翔はわずかに表情を曇らせたように見えた。たぶん願望だ。まだ大翔のなかに自分への想いが残っていて欲しいという気持ちからそう見えていたのだろう。  「煌なら幸せになれるよ」  穏やかで心の底から思っている声音に奥歯を噛んだ。  自分を地獄の底に叩きつけておいて幸せを願うなんて矛盾している。  大翔と別れたあとは荒れた生活だった。  最初の一年目は食事が喉を通らなくなり、栄養失調で点滴の日々を過ごした。  二年目になると人肌恋しくなりハッテン場に繰り出して誰彼構わず寝た。  三年目の現在、恋愛に臆病になった。  でもその悲しみにもようやく慣れた矢先に大翔と再会するなんて最悪だ。  (どれだけ神様は俺のことが嫌いなんだよ)  それとも散々遊んできたツケだろうか。どちらにしろ勘弁して欲しい。大翔は結婚したんだ。もういまさらどうこうなるはずがない。  行き場のない想いは出口を求めるようにぐるぐると回っている。

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