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第11話
『どうしてシンデレラと王子様はいつまでも幸せに暮らせるの?』
半分眠っていた母親が無理やり瞼を押し上げた。自分の小さな手に持たれている絵本を覗き込んで、大きな欠伸を一つこぼす。
『これはおとぎ話だからそういうもんなんだよ』
『二人は好きな食べ物の話はしたの? 趣味とか特技とか訊いたのかな。一緒にいてイライラしたらどうするんだろう』
『シンデレラたちは大丈夫なんだよ』
『どうしてお母さんとお父さんみたいに別れないってなんでわかるの?』
瞬間、母親のこめかみに青筋が浮き出た。言ってしまったと慌てたが、母親は起き上がると『早く寝なさいよ!』と寝室を行ってしまった。
モヤモヤだけが残り、ぷうと両頬を膨らませた。
シンデレラは王子様とほとんど会話せず踊ってばかりなのに、ガラスの靴がピッタリ合うという理由で結婚を決めるには子どもながらに疑問があった。
それにいつまでも、というところもおかしい。喧嘩はしないのだろうか。お互いの嫌な部分は出てこないのだろうか。そういう場合はどうするのだろうか。
お父さんとお母さんのように離婚しないとどうして言い切れるのか。
『あんたってなんでそう一言多いのかしら』
隣で聞いていた四つ上の姉はケタケタと笑った。
『だって本当のことじゃん。どうしていつまでもってわかるの?』
『これはおとぎ話だからね』
『じゃあ嘘ってこと』
『嘘というよりフィクションだよ』
『よくわからない』
残された本に視線を落とした。
表紙のシンデレラと王子様は笑顔を浮かべている。二人の顔を両親に置き換えると切なくなった。
数年前まで母親と父親は仲良かった。けれど煌が小学校に上がるころになると言い争いが増え、食器や家具が壊れることが日常茶飯事だった。そういうときは必ず姉が寝室に連れて行ってくれ、嵐が過ぎるのを待っていた。
小学三年生になり、両親が離婚して母親一人で子ども二人を養う生活になった。
だが家事育児仕事の憂さを晴らすように母親は男の尻を追いかけるようになった。若い男や祖父と同世代くらいの男まで手広かったが、どの男も長続きはしない。
どんな男とでも母親はハッピーエンドにはなれなかった。その背中を見て育ったから自分は絶対運命の人と一生共にするのだと誓った。
『長く付き合っていく上ではなにが必要かな?』
『努力だね』
『わかりにくい』
『理解する努力。許す努力。お互いの言い分を許して、許してもらえるバランスが均等だといいんだよ』
姉のどこか大人びた発言に驚いた。大方ネットの受け売りなのだろう。
『じゃあシンデレラと王子様は努力し続けたってこと?』
『きっとそう。もう寝るよ』
姉は電気を消して布団を頭から被った。なんだか上手くはぐらかされたような気がするが、それを問い詰めるだけの言葉がなにも浮かばなかった。
だから大翔と付き合うときは努力をした。見た目に気遣い、勉強もおざなりにしなかった。料理だけはどうしてもできなかったが、それ以外の家事は頑張ってこなしてきた。
大翔の言い分を全部飲んで、心地よい環境をつくっていたはずだ。セックスだって一回で我慢もした。
それなのに突然振られて、自分の努力が無意味だったのだと痛感した。しかも再会したら結婚までしている。どこまでどん底に落とそうというのか。
あれほど嫌だった母親の背中を辿っていることに反吐が出る。
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