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第12話
「最近よく携帯見ているね」
風呂上がりの棗がいつのまにかそばに立っていた。ひやりと心臓が撫でられたような気配がして、慌てて画面を消した。
「買ったばかりでまだ慣れてないんです」
「そうなんだ。僕も見ていい?」
「どうぞ」
そのまま渡すと棗は電源ボタンを押したり、裏側や厚みをくまなく観察し始める。その表情が子どもみたいに無邪気でふっと笑顔がこぼれた。
「そういえば僕の連絡先も登録していい?」
「え、いまのやつは?」
棗とは赴任してすぐ連絡先を交換してあり、いつもそこからメッセージや電話をしている。
棗は不敵に笑うとベッドサイドの引き出しから普段使っている機種とまったく同じものを出した。
「いつもやり取りしてるのは仕事用。こっちはプライベート用なんだ」
「二つ持ちですか。すごいですね」
「格安プランだから高くないよ。こっちも登録してもいい?」
「はい」
パスワードを解除してから渡すと棗は両手で器用に操作した。
「どうして二つ持ちなんですか?」
「だって職場の人とは休みのとき関わりたくないし」
「俺はいいんですか?」
「煌くんは恋人だから」
自分から仕掛けたくせにまんまと罠に嵌まってくれると途端に恥ずかしくなる。それをわかっていて甘いやり取りをしてくれる棗はやさしい。
「はい、ありがとう。やっぱり最新機種はボタンの感度がいいなぁ」
「今回の結構評判いいですよね。大きすぎるけど、画質もいいし動画もきれいだし」
「パソコンより高いけどね」
目を細めながら笑う棗にきゅんと胸が高鳴る。年上でリードしてくれるのにたまに子どもっぽくなる。そのギャップが可愛い。
大翔とはこんな風な甘酸っぱいやり取りはしなかった。同じ空間にいてもそれぞれ別のことをして過ごし、たまに映画を観に行ったり思い出したようにテーマパークに行ったこともある。
その淡白さが夢中になった要因ではあった。
「今度の休みどこか行く?」
「行きたいところあるんですか?」
「煌くんはどこがいい?」
そう訊かれると困ってしまう。恋人と行きたいところ、やりたいことは全部大翔と済ませてしまった。
二度目、三度目となると同じことを何度も繰り返す恋愛シュミレーションゲームのように味気ない。
映画を観に行ってご飯食べながら感想を言い合ったり、観覧車の一番上でキスをしたり、旅館のホテルでセックスしたり。
その全部を大翔としてしまった。でも新しい恋をすることはそのすべてを上書き保存していくことなのだ。名前をつけて保存なんてしたら一生削除できなくなってしまう。
新しい恋をするためには過去の思い出を新しい思い出に塗り替える作業の連続なのだ。
「じゃあ映画観に行きたいです」
「いいね。生徒たちの間で話題になってたアクション映画なんてどう?」
「楽しそう」
思ってもないことを言って笑顔のお面を貼りつける。
なんて虚しいやり取りなのだろう。
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