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第13話
昼休みのたった一時間。主にパンを売ったり隙あらば大翔にアピールする女生徒たちを追い払ったりしているとあっという間に過ぎていく。
「週明けに購買のおばちゃん、戻って来るみたい」
「じゃあ今日で最後だな」
最後、という響きが寂しさを含ませているように聞こえてしまい大きな背中をじっとみつめた。いつもはしゃんとしている背筋が今日は曲がっているような気がした。
これで購買部の手伝いをしなくてよくなり唯一の自由時間が戻ってきて喜ばしいはずなのに、晴れ晴れとしない。
「煌ちゃん、いつも購買パンさんと一緒にいるね」
振り返るとジャージ姿の女生徒が二人立っていた。バトンを持っているからリレーの練習をしていたのだろう。
「購買部の当番だから仕方がないだろ」
「なんか犬みたい」
「確かに」
「そんな文句言う奴は購買部来んな」
「来週からおばちゃん帰ってくるでしょ」
「でも購買パンさんは変わらないですよね?」
自分には口が悪いのに大翔相手になると手のひらを返したように猫撫で声になる女子生徒に引いた。なんだその変わり身の早さは。
「はい。しばらく俺です」
「よかった! 来週も買いに行きますね」
「ほら、さっさと教室戻れ。昼休み終わるぞ」
はーい、と可愛らしい笑顔で昇降口へと向かっていった。女子の二面性には姉のお陰で免疫があるはずだが、生徒となると謎の気疲れをする。
「ちゃんと先生やってるんだな」
「なんだよ、それ」
「購買部にいるときは年上の兄ちゃんって感じなのに、いまはちゃんと先生だった。教室戻れよとか」
「そりゃ教師だからな」
「夢、叶えられてよかったな」
教師になるのは昔から夢だった。子どもの未来を導きたいなんて高尚な志があったわけではなく、公務員で給料は安定しているしローンを組んだとき金利が低いとか、世間の評価がいいとか、利点を考えた結果だった。
そんなことをポロリと発言しただけなのに憶えてくれていたらしい。心が浮足立つ。意味もなく手を開いたり閉じたりを繰り返した。
「おまえも夢えたようなもんじゃん。お母さんの店を守りたいって言ってただろ」
「そうだな。そういう意味では叶えられてるかも」
「店ってどこにあんの?」
「うちは県境のとこだけど、卸専門だから店はない。嫁のとこは駅前にあるbonheur」
「まじで!? そこよく生徒たちが噂してるよ」
イートインスペースもあり、種類も豊富なパンと美味しいコーヒーが有名らしい。特にイートインスペースは家具やオブジェがオシャレで、SNSに投稿するだけでいいねがつくと評判だと騒いでいた。
「今度店に来いよ。奢ってやる」
「うん、行こうかな」
「頑張って作ってるから、一回今泉に食べさせたかったんだ」
不器用に笑う大翔の顔に胸が締めつけられる。
そんな反応をされると社交辞令のつもりだった想いがガタガタと崩れてしまう。行かないとまだ意識していると思われるだろうか。
「じゃあ明後日辺りに行くかも」
「わかった。来るとき連絡して」
運転席に乗り込んだ大翔を見送った。白いバンは軽快に走っていき、すぐに見えなくなる。
これで終わりだと思っていた関係がまだ細いながらに繋がってしまった。
でもこれくらいならいいだろうと自分でボーダーラインを引く。友だちの店に行くなんてのはよくある話だろう。だが元カレは友だちの枠組みに入るのか。
悶々と考えていると視線を感じた。顔を上げると職員室の窓から棗が見える。なにを考えているのかわからない能面のような表情にひっと息を呑んだ。
だがそれは一瞬だけですぐに柔和な笑顔に戻り、小さく手を振ってくれた。
お辞儀をして校舎に向かう間もずっと心臓がばくばくと鳴っていた。
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