15 / 50
第15話
「煌くん?」
棗に顔を覗き込まれてはっと我に返る。目の前のスクリーンは白くなり、場内は明るさを取り戻していた。
「映画終わったよ」
「すいません。ぼんやりしてました」
「アクション映画、好きじゃなかった?」
「ちょっと疲れてて」
高校生が話題にするだけあって映画自体は面白いはずなのに派手なアクションシーンやビルの爆発があまり現実離れしすぎて、集中できなかった。
棗との初めてのデートなのにとんだ大失態だ。
けれど棗は嫌な顔一つせず、行こうかと背中を促してくれた。上の空でもやさしくエスコートしてくれる大人の余裕さに胸の音がワントーン上がる。
ディナーはフランス料理の店を予約してくれ、高級そうな店構えに驚いた。ドレスコードがあったらどうしよう。
入口で追い返されないかヒヤヒヤしたが、ウエイターは笑顔を崩さず席を案内してくれてほっとした。
胸を撫でおろしていると向かいに座った棗は笑みを浮かべる。
「緊張してる?」
「こういうとこ慣れてなくて」
「僕もほとんど来ないよ。初めてのデートだから奮発しちゃった」
茶目っ気のある顔に強張っていた肩の力が抜けてくる。気を使われてしまった。
棗のシルバーを持つ手は様になっていて、育ちの良さが出ている。身崩れせずに魚を切り分けるのも慣れているのだろう。
かたや自分の魚はぐちゃぐちゃになってしまっている。
こんなにも正反対なのにどうして好きになってくれたのだろうか。
頭もよくて、生徒からの信頼も厚くやさしい。自分には勿体ない男だ。
まじまじと眺めていると棗は目を細めた。
「今度は居酒屋にしようか」
「はい」
「煌くんが好きなお店教えてね」
「そしたらチェーン店になりますよ」
「いいね。楽しそう」
心から楽しみにしてくれているのか棗の声がくすぐったく聞こえる。
大翔とは記念日くらいしかこういう店来なかったな、とまた昔を思い出しそうになり、ワインを一気に飲み干した。
アルコールが頭にまで一瞬でまわり、身体が火照る。
「購買パンは知り合いなの?」
「大学の頃の友人です」
「元恋人、の間違いじゃなくて?」
眼鏡のガラス越しから切れ長の瞳にじとりと見られる。その黒い目が生気をなくしたように光がない。喉がきゅうと苦しくなり、小さく喘いだ。
「別に元彼だってことは咎めないよ。この年齢だしね。だけど嘘は吐かれたくないな」
まっとうな意見だ。棗と付き合っていく覚悟をしたなら誠実に向き合う必要がある。
シルバーを置いて、姿勢を正した。
「三年前まで付き合ってました」
「でも彼、結婚してるよね?」
「……ノンケなので」
「それはキツイ経験をしたね」
別れた理由をなんとなく察してくれたらしい。ノンケと付き合うとよくある話なのだ。
それでも好きになってしまった。
別れはあまりにも突然だった。舞台で言うなら第一幕から第二幕に入った瞬間に物語が変わってしまったかのような急展開だ。その間に一体なにがあったのか観客は置いてけぼりである。
でもいまさらどうでもいい。振り返ったって仕方がないことなのだ。わかっている。それなのにぶつ切りにされた大翔への想いを手繰り寄せては胸に抱いて痛みに泣いてしまう。
「今夜は酷く抱いてください」
「痛いのが好き?」
「いまはそんな気分です」
「わかった」
棗の家に入った瞬間、獣のようにお互いを求めた。シャツのボタンが弾け、靴を脱ぐとき壁に当たっても気にする余裕はなかった。あまり解されない状態で挿入され、尻を何度も叩かれた。
あまりに痛くて涙が出た。一瞬怯んだ棗に「やめないで」と自分から腰を揺らした。
胸にまだ残る痛みを別の痛みと重ねればどっちで苦しんでいるのかわからなくなる。その瞬間だけ大翔への想いを完全に断ち切れるのだ。
いつまでこの痛みはまとわりついてくるのだろうか。
痛みの消し方を教えて欲しい。
ともだちにシェアしよう!

