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第26話

 「ごめんね、大丈夫?」  「大丈夫なわけない」  「本当ごめんね。僕はなんて酷いことを」  二回中に出すと棗は正気を取り戻したのかベッドに寝かしてくれ、事後処理をしてくれている。蕾はズタズタだったらしく、軟膏を塗ってもらえたが傷口にしみる。  こんな風に虐められたのは初めてだ。プレイの一環で軽いSMはしたことあるが、あれはお互いの信頼関係の上で成り立っているものだ。こんな自分本位の行為はされたことがない。  棗が隠していた本性を見た気がする。怒らせたらなにをするかわからない爆弾のような男なのだと身をもって知った。  付き合って二年、穏やかに過ごせていたと思う。それなのにこんな仕打ちはあんまりだ。  身体に穴が空いたまま無理やり詰め込んだ棗への思いが崩れていく。  仰向け寝ると肛門が痛くて寝られそうもない。横向きになっても尻がひりひりと熱を持ち、下着が擦れるだけでも悲鳴をあげた。  「夏休みに実家に帰ろうと思うんだけど、煌くんも一緒に来ない?」  「よくこの状況で誘おうと思えますね」  「でも煌くんも悪い部分はあるからおあいこでしょ」  「はぁ?」  腹の底から声が出た。どこをどう考えてそういう結論になるのだ。最初から大翔とはなにもないと言っていたのに、信用しなかったのは棗だ。責められる筋合いはない。  「僕の許可なく元彼の家に行ったでしょ」  「だから事故みたいなものです」  「これも事故みたいなものでしょ」  どこかだよ、と言葉を飲み込んだ。棗の目がまた光をなくし始め、能面になろうとしている。ひゅっと喉が鳴った。  「僕は今年でいまの学校が最後だろう? だから実家の方に帰ろうと思って。父親が病気がちで世話が大変らしいから手伝いたいんだ」  棗の実家は東北にある。両親共に教師でかなり厳しく育てられたとは聞いていた。  盆暮れ正月には毎回帰っていたし、家族想いなのだろう。  つらつらと語る自分語りはどうでもよかった。でもここでまたなにか気に障ることを言って暴力を振るわれたらたまらない。  目尻を下げて作り笑いを浮かべた。  「いいんじゃないですか。立派な親孝行ですね」  「もちろん煌くんも一緒に住むんだよ」  「なんで?」  どうしてそこに自分が入るんだ。  例えば煌が女で結婚したから同居をするならわかる。だが男同士では婚姻を結べない。それにやっと学校にも慣れてきた。三年生を受け持つことにやりがいを感じて、いままさに脂が乗っている時期だ。  そのキャリアをすべて捨てろと言うのか。  信じられない気持ちで棗を見るときょとんと首を傾げた。  「僕と別れるつもりなの?」  「そりゃこんだけ酷いことされた上に実家に帰ると言ってる人と付き合いきれないですよ」  正直な気持ちをこぼすと棗の表情が切り替わる。  「煌くんがKだって話、広めていいの?」  「……どうしてそれを」  久しぶりに聞いた名前に冷や汗が背中を伝った。  自暴自棄になっていたとき、Kと名乗り誰彼構わず寝ていた。  動画や写真は撮られないよう気をつけていたので自分の顔は流出していないはず。それを知っているということは棗があの界隈にいたのだろう。  「誰とでも寝るビッチKくんがいまは高校教師だって言ったら保護者や生徒はどう思うかな」  「やめっ……」  想像するだけで全身が震えた。クラスメイトや野球部員の笑顔が黒く塗りつぶされていく。  (莫迦やってたツケか)  思わず棗の腕を掴むと彼は口元を半月のように上げた。  「僕から逃げない方が身のためだよ」  首を縦に振るしかなかった。

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