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第32話
三年前、Kとして遊びまくっていたバーへ行くとマスターが驚いた顔をして出迎えてくれた。
「Kちゃん、久しぶりじゃない。何年振りかしら。五年くらい?」
「三年だよ。久しぶり」
店内は照明を限界まで落とされ、うっすらとジャズの音楽が流れている。
木製のカウンター席に座ると他の客たちから物珍しそうな視線を向けられた。 見知った顔が何人かいる。大方噂をしているのだろう。
ここはゲイが一夜限りの相手を探すハッテン場だ。
「なに飲む? まさかまたこのカウンターに乗って四つん這いになりに来たんじゃないでしょ」
「……もうそんな莫迦な真似はしないよ」
「あれは伝説よね。十人斬りなんて」
「もうやめよう、その話は」
大翔に振られてヤケになって、ここにいる客全員とヤってやると豪語して尻を出したことがあった。思い出したくもない黒歴史がここにはたくさんある。
もう二度と踏み入れないつもりだったが、どうしても確かめたいことがあった。
マスターが煌のお気に入りのジンリッキーを出してくれた。一口舐めるとライムの匂いが鼻に抜けてすっきりする。
「で、どうしたのよ」
「この人知ってる?」
ポケットから一枚の写真を出した。去年の修学旅行のときの写真で棗のところだけ引き伸ばしたので画像が荒れている。
マスターはすぐ「あっ!」と声をあげた。
「ストーカー眼鏡だわ!」
「どういうこと?」
「Kちゃんがここに来る前からちょくちょく来てた常連さんでね、うちのコに手を出したのよ。それはよかったんだけど、別れてからも執着がすごかったらしくて」
鼻白んだマスターはとつとつと教えてくれた。
閉店するまで待っているのは当たり前で、自宅までつけてくることも多かったらしい。オフの日でもなぜか居場所を感づかれ、追いかけ回されることも多かったそうだ。
もちろん警察に相談はしていたが実害はないのと同性同士だからと取り合ってくれなかったらしい。
結局その子は店を辞めて地元に帰り、どうにか逃げ切れたそうだ。
「確かKちゃんが十人斬りしてたときに来てたわよ」
「……まじか」
酒も飲んでいたし誰とヤッたかなんていちいち憶えていない。
あの場にいたから自分のことも知っていたのだろう。
(やっぱ振られたからってあんなことするもんじゃないな)
今更言ってもしょうがない。これからどうするかを考えることが先だ。
「まさか付き合ってるんじゃないでしょうね」
「ははっ……」
笑顔で濁したがマスターは気づいたらしい。顔を寄せて耳打ちをしてきた。
「本当にあの男は辞めなさい。逃げても逃げても追いかけてくるから」
「ありがと。いい話も聞けたし大丈夫だよ」
「なにかあったらいつでも来なさい。それともまた尻出す?」
「その話は勘弁してよ」
マスターと話終わると隣の席を陣取るように男たちが群がってきた。適当に相手しながら棗の話を聞くとやはりストーカー男として有名らしい。そのせいでこの界隈には最近来ていないということだった。
「じゃあ話したんだからご褒美ちょうだい」
「しょうがないな」
自分の指にキスをして、それを相手の唇に押しつけた。きゃあと頰を赤らめている隙に席を立ち上がる。
「多めに払うからみんなで飲んでね」
数枚の万札をカウンターテーブルに置いて店を出た。これで後腐れないだろう。
棗のことはだいたいわかってきた。
勝負をかけるならいましかない。
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