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第34話

 文化祭が終わると一気に受験ムードが高まる。授業中でも予備校のテキストを開いている生徒も多く、注意したら今度は親からクレームがきてしまった。  学校は成績さえ取れればただの通過点らしい。勉強なら塾のほうがしっかりやってくれると言われてしまい、さすがに堪えた。  「はぁ〜……」  溜息を吐くのは何度目だろうか。持ちクラスの受験は初めての経験なので胃がキリキリしてくる。食欲もなく、緊張で眠れない日が続いていた。  「今泉先生、随分やつれたね」  「なんだか食欲なくて」  「担任がそんなんじゃ生徒たちが不安になりますよ」  「ですよね」  ははっと愛想笑いをしたが、同じく三年生を持つベテラン先生の助言なのでありがたく受け取っておく。  「先生、部室の鍵を返しにきました」  「ありがとう。気をつけて帰ってね」  「失礼しました」  新部長が板についた二年生は駆け足で職員室を出て行った。外はどんよりと暗い。まだ夏だと思っていたが秋の気配を日増しに感じる。  声がして窓の外を見下ろすと、白いバンに乗り込む大翔に部員たちが声をかけていた。  母親が亡くなっても大翔は相変わらずパンを卸してくれ、部活のコーチも引き受けてくれている。  なにも変わった様子はない。きっと家族が亡くなったことは誰も気づいていないだろう。  大翔は部員たちからの信頼も厚い。最初は甲子園を出たすごい人というイメージだったが、部員たちへの気遣いや練習メニューの細かい指導、なにより結果がついてきていることがより好感度を高めている。  昔から大翔の周りに人が集まる。まるで木の蜜を出して虫を誘うように常に隣には誰かいた。  だから寂しくないだろう。  バンに乗り込む大翔がちらりとこちらを見上げた気がした。暗くてよく見えない。気のせいかはたまた願望だろうか。 「お疲れっした!」と部員たちの挨拶を受け、バンは走り去っていく。 一人の家かそれとも沙良が待っている家かそのどちらに向かうのだろうか。

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