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第41話

 慣れない枕で寝るのは好きではないがよほど疲れていたのだろう。すっきり目が覚めた。  泊まったホテルは学校から遠いので少し早めに出た。昨日と同じ服だったが、誰にも指摘されなくて気を張っていたのが莫迦らしい。  昼休みになると白のバンが校門を潜ってくる。職員室の窓から大翔の姿を見て、咄嗟に身を隠した。  そのまま昼休みをやり過ごし、部活の時間になったが顔を出さなかった。今日は顧問もいるし、自分がいても意味はないだろう。というのは建前で合わせる顔がない。  定時に退勤して駅へと歩いていると見慣れた黒の乗用車が路肩に停まっていた。   (棗先生? でもあの人は実家に帰省しているはず)    まさかと思ったが念には念の為に遠回りをして反対口から駅に向かった。  一度自宅に荷物を取りに行こう。着の身着のままで出てしまったので着替えがない。  買えば済む話だが、ホテル生活をするなら余計な出費は抑えたい。それに棗は実家に帰っているから鉢合わせることもないだろう。  部屋の中はあの日のままだ。畳まれた洗濯物、冷房庫の作り置き。気味が悪くて仕方がないがなるべく見ないようにして鞄に詰め込んでいると施錠したはずの玄関の扉が開いた。  「おかえり、待ってたよ」  「……棗先生」  さっと血の気が引いた。出口を塞ぐように扉の前に立たれてしまい逃げられない。ここは三階だ。飛び降りたらただではすまないだろう。  じりじりと窓際に追い詰められる。棗はいつもと変わらない笑顔を貼りつけていて全身に怖気に襲われる。  「どうして僕が作ったご飯食べてくれないの?」  「やっぱりあなたの仕業ですか」  「洗剤の補充も掃除も完璧だったのに気にくわないところがあった?」  「なんで家に入れるんですか? 鍵は返してもらいましたよね?」  「そんなの複製すれば簡単だよ」  イルカのキーホルダーが付いた鍵を見せられて一歩後ずさった。  家の鍵はディンプルキーといって表面にデコボコした鍵だ。複製ができず防犯に適しているとうたい文句だったのに。  心を読んだように棗は口元を不気味な形に歪めた。  「どんな鍵でも複製できる知り合いがいるんだ。その人に頼んで作ってもらったの」  「犯罪じゃないですか」  「どうして? 僕ときみは付き合ってるんだから普通でしょ」  「別れるって話しましたよね?」  「そうだっけ」  お互いの過去を公にしないという条件で恋人関係を解消した。それをどういう風に受け取ればまだ付き合っていると認識できるのか理解できない。   ふとバーのマスターの言葉を思い出した。以前の恋人はどこまでも追いかけられ、精神を病んでしまい実家に逃げ出してしまった。  まさか自分も、と嫌な考えに背筋に冷たい汗が伝った。  「そこどいでください」  「どこに行くの?」  「あなたがいないところです」  「新宿のビジネスホテル?」  「……なんでそれを」  棗はくつくと笑った。子どものような無邪気さでそれがたまらなく恐ろしかった。  「もしかしてつけてたんですか」  「さぁどうだろうね」  「いいからどいでください!」  棗を押すとあっけなく身体はどいてくれてそのまま走った。ずっと前を見据えたまま明るい方へと足を動かす。  怖い。どうして棗なんかと付き合ってしまったのだろう。  大翔と別れてから人生の歯車がずっと狂っている。その原因は自分の弱さのせいなのにいまは誰かのせいにしたくて仕方がなかった。

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