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第47話
「洋服と下着はこの棚に入れておくな」
「ありがとう」
「他に必要なものはあるか?」
「大丈夫」
「なにかあったら連絡しろよ」
「うん。迷惑かけてごめんね」
謝罪の言葉を口にすると大翔はいまにでも泣き出しそうに顔を歪めた。
痛み止めの点滴が刺さり、ベッドに横たわっている自分の姿に胸を痛めているのだろう。悲壮感ともいえる表情に申し訳なさが積み重なる。
腹痛で倒れ、救急車で運ばれた。検査の結果、急性虫垂炎つまり盲腸と診断され、入院することになった。
もう夜だったので痛み止めで様子を見て、明日の朝一で手術する。
生まれて初めての手術に不安はあるが、ネットで検索すると二時間程度で終わるらしい。比較的多い病気なのでそんなに難しいことではないと知り、ほっと胸を撫でおろした。
扉をノックして現れたのは看護師だ。怪訝な顔で大翔を一瞥し、一枚の紙を渡された。
「こちら手術の同意書です。ご本人様とあとご家族の方のサインが必要なんですが」
「家族……」
母親と姉はここから二時間くらいかかる場所に住んでいる。連絡したらどちらか来てくれそうだが、こんな時間に迷惑かけたくない。
「俺が書いてもいいですか」
「失礼ですが、ご関係は?」
「えっと……友人です」
「ご家族の方は?」
「遠方に住んでてすぐには来れないと思います」
言葉を濁してもなんとなく察したのだろう。看護師は淡々とした態度で説明を始めた。
「先ほど、患者様にはお話ししたのですがこちらの手術同意書には法的拘束力がありましてーー」
内容を理解した上で手術を受けること、賠償金などは負わない、煌が入院費を払えない場合は大翔が払うことになるなど紙の重さに相応しくないほどの量の重みがある。
一切の淀みない説明を聞いた大翔は迷わずサインをしようとして、その手を止めてしまった。
「いいのか?」
「迷うことでもないだろ」
「でも」
「いいんだ」
大翔は署名欄に力強く名前を書いた。書類を受け取った看護師は不備がないか確認して、視線を上げた。
「では面会時間も過ぎていますのでご家族以外の方は退出をお願いしています」
「わかりました」
看護師が出て行くと大翔は振り返った。
「じゃあまた明日も来るから」
「いいよ。盲腸の手術なんて簡単だって言うし」
「俺は同意書にサインしたんだぞ。来る権利があるだろ」
「でも」
家族ではない、の言葉が紙で指先を切ったような鋭い痛みを持たせた。大翔とは赤の他人。恋人になって一緒に住んでも同性同士では内縁の夫にすらならない。
いままで気にしていなかった壁にぶち当たった気分だ。
たった紙切れ一枚で家族かそれ以外に分けられる。緊急事態になるとより重みを痛感させられた。
「家族ってすごいな。なんでも許されるんだ」
「そうだな」
「俺たちには縁遠い話だ」
入院なんてことになったからナーバスになっているのだろうか。それとも病院という特殊な環境にいるせいだろうか。
大翔と向き合おうと決めていた気持ちがしゅんと萎んでしまう。
「……また明日も来るから」
もう一度念を押した大翔は振り返りもせず、病室をあとにした。
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