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第48話
手術は予定通りに終わった。麻酔のせいで意識がまどろんでいるが医師の話だと経過は良好らしい。
だが大翔は来れなかった。
正確には病院前にいるのだが、家族以外の立ち合いは禁止らしく病院に入ることすらできなかったらしい。
外来前の早い時間だったので仕方がないのだろう。看護師が何度も頭を下げてくれたので逆に恐縮してしまった。規則なのだから仕方がない。
でも胸に広がる「家族ではない」というレッテルが存在を主張する。
手術が無事に終わり、面会時間になると両手にはいっぱいの荷物を下げた大翔がやって来た。
「手術お疲れ」
「寝てる間に終わったよ」
「体調はどうだ?」
「薬効いてるからよくわかんないけど、平気」
「よかった。これお見舞いな」
テーブルの上に並べられたのは飲むゼリーやヨーグルト、花束や本だった。
「あー学校にも連絡しなきゃ。せっかく新年度になったのに」
「ゆっくり休めってことだろ」
「そうだけどさ。でも新年度早々に担任がいないと生徒も不安になるでしょ」
「こんな状態のおまえが来るほうが不安になるよ」
術後のせいで酷い顔をしているのだろう。確かにまだ車いすだし、来られる方も迷惑だ。
三日ほどで退院できるらしく、あとは通院しながら様子をみるらしい。
「これも」
「なに?」
茶封筒を渡されて首を捻る。早くしろ言わんばかりに大翔は顎をしゃくった。
封を開けると書類が入っている。そこに書かれている文字を何度も繰り返し目で追っても脳が理解することを拒んでいた。
『パートナーシップ宣誓制度について』と書かれたパンフレットには書類の書き方か受けられる制度が詳細に書かれている。
そこに入院手術の立ち会い、の文字が目に飛び込んできた。
「これがあれば今後どちらかが手術することになっても立ち会える。死ぬときにそばにいられる。遺産も相続できるんだ」
「なんで、こんな」
「これが俺の覚悟だ」
一晩でどれだけ考えたのだろうか。大翔の目元にはくまが浮かんでいる。 きっと寝ないで真剣に自分とこれからのことに向き合ってくれたのだ。
ぱっと差し込む春の日差しが大翔の顔にかかる。目を逸らしたくなるほど真剣な表情に濃い陰影がはいり凄みは増す。目は血走り、さっきから瞬きもしていない。怒っているようにも見えるが、降ろされたこぶしが震えている。
もう試そうなんて小賢しいことはするつもりはないのだろう。まっすぐに自分だけをみてくれている。
図書館での会話を思い出した。
大翔はシンデレラのようにガラスの靴を王子様に探してもらうのではなく、自分から名乗ると言っていた。
別れるときはこちらを試すような真似をしていたくせに。でもその変化をさせたのが自分なのだろう。
なに振りかまっていられないぐらい欲しがってもらえる悦びに涙が一筋こぼれた。
ずっと欲しかったもの。
一度は諦めたもの。
でもどうしても諦めきれなかったものがいま目の前で同じ気持ちでいてくれる。
まとわりついていた不安が霧のように消えていく。背筋を伸ばして頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
「一緒に幸せになろうな」
「うん」
大翔の目にも涙が浮かんでいたので笑いながらお互いの涙を拭った。
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