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第3話
「とりあえず、ななちゃんはここから読んで」
「あ、はい。で、でもこのシーン…」
「別に何の問題もないよ、ほら早く」
俺は亮介さんの相手役の女優さんの役で、台本通りだと亮介さんがその女優さん演じる役の人に想いを打ち明ける場面だった。
だから俺は必然的に亮介さんに告白される役なわけで…どう考えても男同士じゃ雰囲気なんか出やしないと思うんだけど。
「じゃあ、オレからね。いい?」
若干戸惑い気味の俺に、隣りに座る亮介さんが問いかける。
「は……はい」
台本を2人で持ち、俺が力なく返事をするとすぐに亮介さんがセリフを読み上げる。
するとその瞬間場の空気が変わった気がした。
「…オレじゃダメか?おまえを幸せにしたいんだよ、だから…」
「……そ、そんなこと…信じられるはず…な、ないじゃない!」
「じゃあ…どうしたら信じてくれるんだ?」
「何を言われても…信じられな、い」
しどろもどろになりながら必死にセリフを読み上げる。
亮介さんの芝居モードは迫力が凄くて俺は圧倒されっぱなしで、とりあえずつっかえないように読み上げることに集中した。
そしてセリフを目で追いながらある箇所で目が止まる。
“ 彼女を引き寄せ抱きしめる”
これはさすがに飛ばすよなって思った瞬間、台本から手を離した亮介さんが本当に俺を引き寄せ抱きしめた。
ちょっ…ちょっと…?!
俺の手からも台本が滑り落ちそれはバサッという音と共に床に落ちる。
「あ……あの……」
「もう、黙れよ……」
そして低い声でそう耳元で囁かれると、何故かドキドキしてしまって頭の中が真っ白になってしまった。
「そんなに信じないなら、オレがどれだけ本気かって…今、ここで証明してやる」
そんな放心状態の俺に構うことなく芝居はどんどんと進み、その言葉と共に
今度は身体を離され…
流れるようなスマートさで顎に添えられる指先
絡まる視線
近づく亮介さんの顔
どうしたらいいか分からず咄嗟に目をつぶってしまうと、
「なーなーちゃん」
普段通りな声がした。
急いで目を開けると目の前の亮介さんが笑いを堪えている。
「あ…あの…」
「キス、されると思ったでしょ?!」
「え…」
「可愛いなぁ、ななちゃんは。するわけないでしょ?照れてるななちゃん可愛かったよ、今日も癒された。さて…と、そろそろ寝ようかな」
「もーからかうのやめてくださいよ!」
「からかってないよ。これ台本通りだし。でも───……」
「え……?」
すっかりいつも通りに戻った様子の亮介さん。
だけど、床に落ちたままだった台本を拾う手が一瞬止まって“ でも、セリフはアレンジしたけど”と独り言のように呟いたことは俺の耳に届くことはなかった。
亮介さんが自室に戻り1人になった途端、一気に気が抜けて深いため息を吐く。
そしてさっきまでのやりとりを思い出し、ふと過ぎる…
明日あの女優さんとするんだよな、キス…
そう思った時、胸の奥が少し苦しくなった────
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