29 / 59
第29話 フェリムの特別
実が縮こまるような窮屈なランチを終えた後、カロンは一先ず寮の部屋に戻った。
午後はリリムと一緒にフェリムに勉強を教えてもらう予定だ。
主に、この国の歴史や文化について学んでいると話していた。
(夜神くんは頭がいいなぁ。記憶喪失って名目で、色んなこと基礎から教えてもらえば、小説には出てこなかった、この世界の細かい部分まで知れるもんね)
指定された本を持って部屋を出ようとしたら、扉がノックされた。
「はい、どちら様……」
扉の向こうには、フェリムが立っていた。
「突然、押しかけて、すみません。今日の勉強会はカフェの個室で行う予定でしたが、私の部屋でも、よろしいでしょうか」
表情を絶えずに淡々と、フェリムが提案する。
その感じは小説の中のフェリムっぽかった。
(眠っているリリムの手を握って泣いてたフェリムとは、別人みたいだな)
もしかするとこの顔は、フェリムの外面なのかもしれない。
「それは構わないけど、何かあったの?」
「いえ……、リリムは目が覚めたばかりで、また調子が悪くなるかもしれません。ここ一カ月で何度か倒れていますし、心配です。私の部屋なら、何かあった時、すぐに私のベッドに寝かせてあげられるので、その方が良いかと思いました」
何とも愛が深い。
フェリムのリリム大好きっぷりが伝わってくる。
「わかった。じゃぁ、フェリムの部屋に行けばいい?」
フェリムには敬語敬称なしで、と先手を打たれているから、タメ口なのだが。
敬語がデフォのフェリム相手だと、ちょっとやり辛い。
「その前に、ちょっとだけ、お話があります」
フェリムが思い切ったようにカロンの肩を掴んだ。
(うわぁ。レアンと同じパターン。またリリムの件で糾弾されるんだろうか)
朝のレアンから始まり、昼のシェーンときて、今度はフェリムだ。
順当に、嫉妬を買っている気がする。
「うん、いいよ。とりあえず、中に入って。座って話そ」
すっかり観念した気持ちで、カロンはフェリムを部屋の中に招き入れた。
部屋の中に一対だけある椅子にフェリムを促す。
「昨日……、リリムを目覚めさせてくれて、ありがとうございました。カロンでなければ、きっとリリムは目を覚ましませんでした」
フェリムが淡々と無表情で語る。
「いやぁ、どうかな。たまたま俺だっただけ、だと思うけど」
取り立てて特別な何かをしたわけではない。
いつもの通り、夜神に声を掛けただけだ。
「カロンは、リリムと知り合い、なのですか?」
フェリムが顔を上げた。
ぱちくり、と瞬きしたら、フェリムがまた俯いた。
「昨日、リリムと交わしていた会話は、初対面とは思えない内容でした。ですが、二人に接点はないはずです」
なるほど、と思った。
あの時、フェリムはベッドサイドでリリムの手を握っていた。
シェーンに体を引かれて離れた後も、一番近くにいたから、会話が丸聞こえだったんだろう。
(一番、離れていたレアンに聴こえていたくらいだからな。全員が聞いてたって思たほうがいいな)
中でもフェリムには一番クリアに聴こえていたに違いない。
「夢の中で何度か会っててね。話しもしててね。『神実』と『魔実』は、通じ合うみたいだよ。俺にもよく、わからないんだけど」
今朝、レアンにしたのと同じ説明をした。
この手の嘘は統一しておいたほうが、後々面倒がない。
「夢……。そうでしたか。どれくらい前から?」
「どれくらい? 前……から?」
そこまで考えていなかった。
あまり変なことも言えない。
「……一月、とかかな。よく覚えてないけど、最近、かな」
ざっくりと話した。
リリム夜神がこの世界に来たのが一月前だから、ちょうどいいだろう。
「一月……。ちょうど、リリムが変わった頃だ。やっぱり、そうなんだ」
フェリムが独り言を呟いた。
どうしたのかと身を乗り出す。
フェリムが立ち上がり、カロンの前に立つ。
カロンの手を握って、ずぃと顔を近づけた。
「カロンがリリムを元に戻してくれた、きっかけなんですね。貴方が夢でリリムと話してくれたから、だからリリムは昔のリリムに戻ってくれたんですね」
よくわからなくて、咄嗟に反応できなかった。
何も言えないでいるカロンに気が付いて、フェリムが手を離した。
「すみません。カロンには何の話か、わかりませんよね」
フェリムが落ち着きを取り戻して、また椅子に腰かけた。
「つい一月前までのリリムは、怠惰で横柄で、絵にかいたようなダメな人でした。人を人とも思わない最低な人間で、皆、リリムが嫌いでした」
酷い言われようだなと思う。
思うが、小説の中の悪役令息リリムは、そういうキャラ設定だ。
夜神が転生する前なら、普通に嫌な奴だろう。
「だけど、昔の……、子供の頃のリリムは、今のような正義の人で、努力を怠らない格好良い人で。子供の頃の私は、リリムが大好きでした」
それは知らない設定だ。
小説の中でリリムの過去は語られない。
子供の頃からダメ人間なのかと勝手に思っていたが、そうではなかったらしい。
「今のリリムは、私が大好きだったリリムなんです。やっと、昔のリリムに戻ってくれた。それが、とても嬉しいんです」
フェリムが微笑んだ。
こんな風に笑うんだ、と驚いた。
(小説の中でも、フェリムってあんまり笑わない。表情固まっているキャラなのに。こんな風に可愛く笑うんだ)
その笑顔に、リリムへの想いが全部、籠っている気がした。
「一月前、カデルとの剣の練習中に頭を打って気を失って。目覚めたリリムは変わっていました。皆、別人のようだというけど、私には、昔のリリムに戻ったように見えるんです」
「昔って、どれくらい昔?」
「十歳くらい、でしょうか。ある日を境に、リリムは努力をやめて怠惰になって、人を見下すような高圧的な人になりました。私のヒーローは、いなくなってしまったんです」
しゅん、とフェリムがしょぼくれる。
(十歳の時、リリムに何があったんだろう。夜神くんは知ってるのかな。その話は、聞けてないや)
「だけど、カロンがリリムをヒーローに戻してくれました。だから私は、カロンに御礼が言いたいです。私のヒーローを取り戻してくれて、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げられて、恐縮する。
話の方向が思っても見ない方向だった。
「いや、俺のせいかは、わからないよ」
実際、夢で逢っていたわけではない。
リリムの中身が夜神に変わっただけだ。
(だけど、俺たちって、ただ中身が変わっただけなのかな。もしかしたら、前世を思い出しただけなのかもしれない)
唐突に思い出したせいで、まるで憑依したような感覚に陥っている。
それだけかもしれない。
明確な根拠はないが、感覚的に、そう思った。
「少なくとも、リリムにとってカロンは特別です。あの時の会話を聞いて、思いました。特別で、いてくれないと困る人なんだろうって、そう思いました」
フェリムの発言が、カロンには意外だった。
「フェリムは、嫌じゃないの? 俺とリリムが仲良くするのとか、嫉妬……、したりしないの?」
フェリムが考えるような仕草をした。
「そうですね。少しはしますね。だけど、カロンのお陰で大好きなリリムのままでいてくれるなら、そのほうが嬉しいです。だから私は、カロンとも仲良くなれたらいいと、思います」
ニコリと微笑まれて、カロンの胸がキュンとした。
(なに、この子……、めちゃめちゃ、ええ子やん! レアンとシェーンとは大違いやん!)
フェリムだってリリムが大好きなはずなのに。
レアンやシェーンの恋愛的な好きとは違って、もっと家族的な好きなのかもしれない。
「俺がリリムの特別かは、わからないよ。だけど、リリムとも、勿論フェリムとも、仲良くなれたらいいと、俺も思ってる」
「はい、仲良くしましょう」
フェリムが立ち上がって、カロンの両手を掴んだ。
「その代わり、リリムを裏切ったら、許しません。カロンはずっと、リリムの特別でいてくださいね」
フェリムの表情が突然、凄みを増した。
「え? いや、俺が特別か、定かではないんだし……」
「裏切らないと、約束してください。でないと私は、カロンがたとえ『神実』でも、何をするかわかりません」
無表情の眼圧が強すぎて、怖い。
「はい、裏切りません。絶対に裏切りません。約束します」
怖すぎて、強めに誓った。
「良かった。カロンとは仲良くなれそうです。カロンがリリムの特別でいる限り、私はカロンを大事にしますから、心配いりませんよ」
がらりと表情を変えて、フェリムが笑んだ。
もはや、その笑顔すらも怖くて、カロンは小刻みに震えた。
(この世界には、やべぇ奴しかいねぇの? リリム信者、みんな怖すぎなんだけど)
キャラブレ勢は病み方面にブレている気がする。
これ以上、イレギュラーなキャラブレに遭遇しないことを、カロンは願った。
ともだちにシェアしよう!

