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第44話 泣きべそ【KK】→

 カロンは寮の自室でベッドに横たわっていた。  リリムが竜と共に去って、数日が経っている。  なのに、まだ信じられなくて、受け入れられない。 (リリムは竜に乗って飛んでった。冥界の魔王になった。本当に闇堕ちしちゃったんだ)  そうさせないために努力するはずだったのに。 (俺がクソ天使に乗っ取られたりしたから、夜神くんは魔王になるって決めたんだ。魔王にならないと、俺やフェリムを助けられなかったから)  じわりと涙が滲んだ。 (全部、俺のせいだ。魔王になったのも、お別れって、言わせたのも)  あの時のリリムの顔が思い浮かぶ。 『だから、お別れだ。さようなら、陽向』  最後にリリムが見せた微笑は、悲しそうだった。  ぼろぼろと情けない涙が流れて止まらない。 (陽向にサヨナラって、言ったのに。カロンに待ってるって、言った。『神実』として魔王を討ちに来いって意味だ。本当に悪役として主人公に倒される気でいるんだ)  リリム夜神の目標は最初から同じだった。  最初から、今も、華麗に倒されるラスボスになるつもりでいる。  それがわかるから、余計に辛い。   (俺の笑った顔が好きって言ったじゃん。何で、あんな風にサヨナラなんて言うんだよ。これじゃ、笑えねぇよ)  色んな出来事が頭の中に浮かび上がって、考えなんか纏まらない。  何をどう考えればいいのかすら、わからない。 「ぃっ……、ぅっ……、嫌だよ、リリム。お別れなんか、嫌だ……、ぅっ、ぅぐっ……」  ダン! と派手な音がして、部屋の扉が開いた。  驚いて顔を上げる。  片足を上げた状態のシェーンが目に飛び込んだ。 「ごめん、ごめん。なかなかドアが開かないから、ちょっと強く蹴り過ぎたよ」  いつもの、へらっとした顔でシェーンが笑う。  行動と表情がちぐはぐすぎて、怖い。 「えっと、鍵、閉めてたから」 「鍵だけ? 軽く結界、張ってたんじゃない?」  椅子をベッドサイドに持ってきて、カロンの前に座る。 「瞼、腫れまくってるね。あの日から、ずっと泣いてんの?」  その通りの指摘をされて、何も言えずカロンは俯いた。 「結界張ってまで部屋に引きこもって、一人で泣いてただけ?」  それもその通りすぎて、反論できない。  誰にも会いたくなかったし、話もしたくなかった。 「謝らなきゃって、思ってた。俺が小天使の恋の矢で頭おかしくなって、皆まで巻き込んで、ごめん。そのせいで、リリムが……」  そこまで言ったら、また涙が溢れてきた。  顔が、どんどん俯いていく。  ぽろぽろと涙がシーツに落ちて、沁み込んだ。   「やっぱり、泣いてただけか。だからカロンは弱いんだよ」  聞こえた声が痛すぎて、顔があげられない。 「こんな時さ、リリムなら、どうすると思う?」 「リリムなら……」  落ち込んでも下を向いても、すぐに顔を上げる。  打開策を考える。時間の無駄はしない。 「天使の襲撃が、あの時点でカロンに及ぶとは、誰も考えていなかった。標的はフェリムだと思っていたからね。恋の矢の影響だとしても、リリムを一人にした責任は俺たちにもある。カロンだけが悪いなんて、誰も思ってないよ」  シェーンの労いも、慰めにならない。  皆が責任を感じていたとしても、一番に感じるべきは、やっぱり自分だ。 「だから皆、今の自分に出来ること、してるんだよ。ルカとカデルは実家に戻って、国王の説得、レアンは貴族院の説得をしてる」 「説得……?」  カロンは少しだけ顔を上げた。  シェーンがいつもより真剣な表情をしていると、初めて気が付いた。 「竜穴の封印が解かれた事実は隠しようがない。解いたのがリリムなのもね。リリムは自分から冥界の魔王と名乗り、竜を従えて人間界を去った。ミレニア王国としては、完全に討伐対象だ」  カロンは、ぐっと唇を噛んだ。 「行方不明になっているフェリムは、恐らくリリムと一緒だ。フェリムのことだから、リリムの反対を押し切って一緒に行ったんだろうけど、国はそうは思わない。アートライト家の次男が誘拐されたって認識だ。この状況じゃ、ヴァンベルム家の謀反だって疑われる」  闇属性で御目付役まで付いているヴァンベルム家の嫡男が魔王になった。  謀反の疑いで取り潰しになってもおかしくない。 「そんなの、覆しようがない」  どれも否定できない事実ばかりだ。 「そうなんだよね。加えて、女神様の幽閉とか、大天使が実は本当の敵だとか、国や貴族院が信じるわけがない、でしょ?」  それも理解できる。  神界至上主義のミレニア王国が、大天使を悪だなどと考えるはずがない。  何より教会が信じない。  教会こそ、女神を崇拝するが故の天使至上主義団体だ。そんな教会が大天使メロウを疑うとは思えない。  教会は非営利団体だが、だからこそ国や貴族院との繋がりは深い。発言権も影響力も大きい。 「そんなどうしようもない状況で、レアンたちは何を交渉してんの? 話し合う余地がないじゃん」  リリムの顔が浮かんで、それだけで目が潤む。 「時期に下るであろう、冥界の魔王討伐を『神実』と『五感の護り』に任せてもらう算段を付けてる。討伐後の報酬についても、議論中だよ」  ドクン、と心臓が下がった。 「報酬って、討ち取る前提で話してんのかよ。リリムを殺すつもりの話かよ!」  前のめりになって怒鳴ったカロンを風が拘束した。  小さな竜巻に巻かれて動けない。  シェーンの指が、くぃっと小さく動いた。カロンの体が、後ろに倒れた。 「今の時点では、魔王を討取る前提でないと、話なんか聞いてもらえないよ。ちょっと冷静になれば、わかるよね?」  壁に頭をぶつけて、カロンはまた俯いた。  シェーンの言葉は理解できる。  感情が追い付かないだけだ。

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