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第54話 メロウの正体【LY】

 居城周囲の花壇の水やりを終え、リリムは広間に戻った。  他の場所はオズとオセを始めとした悪魔たちがしてくれているので、助かっている。  テラスに行ってみたが、フェリムの姿がない。   「お茶の準備をすると、先に上がったのに。キッチンだろうか」  リリムは玉座がある広間に入った。  最近のハデスはスパのお陰で腰の調子が良くなったので、出歩く機会が多い。  今日も城にはいないようだ。 (広い城なのに、住む者が少なくて、勿体ないな)  城とは本来そういうものかもしれないが。  今のところ、ハデスとリリムとフェリム、オズとオセたち数名の悪魔が住んでいる程度だ。  とはいえ、今の冥界に今以上の人員もいないわけだが。 「リリム」  聞き慣れた懐かしい声がして、リリムは振り返った。 「……レアン。レアンか? 一体、どうして……。ラスに会ったのか?」  ラスに作戦決行を伝えはしたが、来るにはまだ、早すぎる。  レアンがリリムに腕を伸ばした。 「会いたかった、リリム。少し身長が伸びたのかい? 顔が前より近いね」  リリムを抱き寄せて、頬や額に口付ける。  レアンのいつもの、スキンシップだ。 「レアン、僕は冥界の魔王になった。光魔術師のレアンとは、以前のようには、触れ合えない」  レアンの体を押し返す。  それ以上の力で、レアンに抱き寄せられた。  体がレアンの胸に倒れ込んだ。 「リリムが何者だって、構わない。永遠に愛しているよ。たとえ、この世界が無くなろうとね」 「レアン? 一体、何を言って……」  抱き寄せたリリムの体に、レアンが自分の腹を押し付けた。  ドクリ、と心臓が揺さぶられて、視界がグラついた。 「わかるかい? 私との強い触れ合いで、リリムの中の天使の核が共鳴しているんだ。リリムの体が、私と一つになりたがっているんだよ」 「一つに……? 共鳴?」  レアンの言葉が理解できないのに、体が激しくレアンを求める。  腹の奥が切なく疼いた。 「大切なものは、何より大切な存在に隠すべきだ。でなければ、守る気にもなれないからね」 「何、が……」  言葉も上手く発せない。  只々、レアンが欲しくて、その身体に縋り付く。 「一つになろう、リリム。私たちは、そうなる運命なんだよ。元は一つの存在なのだから」  顎を掴まれて、上向かされる。  レアンの唇が近付く。  早く欲しくて、自分から吸い付いてしまいそうだ。    後ろから、水の矢が飛んできた。  レアンが軽く避けた。 「離れなさい、悪漢! お前にリリムは渡さない!」  息を荒くしたフェリムが、レアンに向かって攻撃を仕掛けたようだった。 「悪漢なんて、酷いな。つい最近まで、レアン皇子って呼んでくれていたじゃないか、フェリム」  レアンが、いつものように笑む。  その顔は外向けの、無害な王子様スマイルだ。 「お前はレアン皇子ではない! リリムを奪おうとする大天使メロウ。レアン皇子の体を、今すぐに返しなさい!」 「メロウ……?」  何とか後ろを振り返る。  フェリムが傷だらけで、血にまみれていた。 「フェリム、その怪我、誰に……」 「リリム、その男から離れてください。それは貴方が知るレアン皇子ではありません」  フェリムが水の矢を仕掛ける。  リリムの体を抱えて、レアンが飛び上がった。 「どうにも理解してもらえないようだね。私は最初からレアンで、最初からメロウなんだと、何度も説明しているのに」  レアンが玉座の前に降り立った。 「最初から?」 「そうだよ。君たちが探していた大天使メロウは、ずっと君たちの隣にいた。メロウの魂はレアンと融合している。私は最初からメロウで、レアンなんだ」  レアンがリリムの手を取って、自分の胸に当てた。  魂の拍動を確かに感じる。 (レアンの魂に、もう一つ、別の魂が絡みついてる。混ざりそうだけど、融合はしていない)  レアンの魂が、完全に交じり合うのを拒絶しているように感じた。 「存在を隠すため、天使の核をリリムに隠して、魂をレアンに混ぜた。リリムがただの馬鹿でいてくれたら、竜を殺してくれたろうに。そこは少し、残念かな」  腰を抱かれて、引き寄せられる。  体がぴたりとくっ付いて、また心臓が大きく跳ねた。 「ぁ……、はっ……んっ」 「体が疼いて、待ちきれないだろ。今すぐ私のリリムにしてあげようね。その後は、竜を殺して、女神を殺そう。この世界をゼロより前に戻すために」 「ゼロより……」  レアンがリリムの後ろに手を翳した。  光魔法の攻撃が、いくつも飛ぶ気配がした。 「こんな、攻撃っ、ぁっ……」  フェリムの小さな悲鳴が聞こえて、どさりと体が倒れ込む音がした。 「フェリムは、もう死んでいいよ。私のためにリリムのお世話、今日までご苦労様」 「フェリム……、フェリム!」  振り返ろうとしても、レアンから離れられない。  体がレアンに吸い付いて、離れない。  顔を掴まれて、無理やりキスされた。 (体が、思うように動かない。このままでは、フェリムが……。レアンの体も心も、好きなように使われる。どうにか、しないと)  そう思うのに、レアンの愛撫を拒否できない。  体の奥に意識を集中する。  魔性の実を弾き出そうとした時のように、核を体の外に弾き出す。  レアンの手が、リリムの腹に触れた。 「すごいね、リリム。天使の核を弾き出せるんだ。でも、それでいいのかな。核を出したら、レアンも死んでしまうよ。リリムは、私を殺して平気なのかい?」 「お前は、レアンじゃな、い。レアンを、返せ……んっ」  唇を塞がれて、神力を流し込まれた。  頭の芯が熱くなって、思考が鈍る。 「私はレアンだよ。魂が中途半端に絡んで、混じりきっていないから、感じ取れないんだね。往生際が悪い魂だ。リリムが私を受け入れてくれたら、レアンもきっと喜んでメロウと混じり合ってくれるはずだ。そうじゃないなら、いっそレアンの魂を食い潰して、体も奪おうかな」  レアンがニタリと笑んだ。  その笑みはレアンのそれではない。こんな笑い方をするレアンは、知らない。 「リリムが私の核を拒否するなら、レアンもフェリムも殺そう。リリムが気に入る体を選び直すよ。誰がいいだろうか、やっぱりカロンかな。あの魂なら、きっと簡単に靡く。リリムも嬉しいだろう。大好きなカロンと、一つになれるのだから」  レアンの指が顎を摩って、耳をなぞる。  ゾワゾワして、快感が背筋を駆け上がった。 (今ここで、天使の核を弾き出しても、その後の対処ができない。僕の体が、持たない)  弾き出すだけでも、かなりの魔力を消費する。  天使の核を壊してフェリムとレアンを救い出す手段が、思い付かない。  リリムの頭に、カロンが浮かんだ。 (カロン……。僕はカロンを地上に置いて去ったのに。こんな時ばかり、あてにする。けど、今は信じるしか……)  何とも都合がいい話だ。  それでもカロンならきっと、良い結末に導いてくれると信じられる。 (カロンは主人公で、陽向はこの物語の大ファンだ。だからきっと、大丈夫だ)  リリムは天使の核を腹の中に留めた。  レアンの手が、リリムの腹を満足そうに撫でた。 「受け入れる覚悟は、出来たかい? 大丈夫、邪魔者を排除したら、リリムは私と一つに戻るんだ。その後、この世界は終わる。幸せを噛み締めたまま、逝かせてあげるよ」  レアンの唇がリリムの唇を封じた。  やけに気持ちが善くて、離れる気になれない。  神力が流れ込んで、もっと欲しくなる。 (核を受け入れたら僕は、メロウの一部になるのか。その時は、カロンが、主人公が、僕ごと、メロウを殺してくれる。僕はカロンに倒される闇堕ちラスボスだから)  我慢できない唇がレアンの唇を貪った。  レアンの腕が嬉しそうにリリムを抱いた。 「ふふ、はは。レアンの魂が喜んでいるよ。リリム、もっとレアンを求めて。レアンが自らメロウと溶け合いたいと願うくらいに、私を求めて、貪って。こんなことなら、もっと早くにリリムを取り込むのだった。一度くらい、寝ておけば良かったね」  レアンがリリムに、更に神力を流し込む。  気持ちが善くて、体がビクビクと波打った。 「早く一つになろうね、リリム。いっぱい気持ちよくしてあげよう。私を愛する気持ちだけで頭がいっぱいになるように。幸せな気持ちで、最期の時を迎えられるように、ね」  重なった唇から舌が入り込んで、口が閉じられない。  絡まる舌から濃い神力が流れ込んで、体がどんどん熱くなる。  ぴたりとくっ付いた腹が、熱を増す。核が反応しているとわかった。 (気持ちいい……、こんなに気持ちよくなれるなんて、幸せだ。レアンに愛されて、しあわせ……)  流されているとわかっているのに、引き返せない。  無意識に腕が伸びて、レアンを抱き返した。 「もっと、レアン……、もっと、愛して。僕を、愛して」 「愛してあげるよ。離れる気すら起きない程に。だから、リリムも私を愛して」 「愛してる。レアンだけを、ずっと。この世界が、終わっても、レアンを愛し続ける」  重なるレアンの口端が、上がった。   「やっと、手に入れた。ずっと欲しかった、私だけのリリム」  愛おしそうに見つめる瞳の中に、自分が映り込んだ。  蕩けた顔で愛を乞う自分の姿が、いつの間にか見えなくなった。

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