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第2話
僕は、アルファである父とオメガである母から生まれた。
アルファだとか、オメガだとか、ベータだとか、そういう話が出てきたのは、今よりとても昔の話で、今ではもう、常識になっている。
優秀な能力を持つアルファ、妊娠以外の能力がアルファやベータより劣るとされるオメガ、この双方の人数は極めて少ない。
アルファは敬われ重宝される。オメガは蔑まれ忌避される。特に男性のオメガなんていうのは、いつまで経っても受け入れがたい存在のようだ。
中学では、最も割合が多く、際立った能力もない「ベータ」と診断を受けていた僕は、高校入学を前にして突然、「オメガ」への転じた。
母は悲鳴を上げた。父は僕を閉じ込めた。弟とは隔離された。
「助けて」
そんな声は暗い部屋の中に、むなしく吸い込まれ消えていった。
「灯」
意識を失っていたらしい。
気づいたのは、固いベッドの上だった。視界に、見慣れない白い天井がある。それから、傍らに、点滴台がある。薄い黄色の輸液パックがぶら下がっていて、点滴筒の中、ポタポタと規則正しく、水滴が跳ねていた。
「大丈夫?」
声がする方を向くと、大野くんがいた。後ろに窓も見える。もう暗い。
「栄養失調と風邪と、やっぱり、発情抑制剤が合っていないって。飲んでる量の割に、血中濃度低くて、副作用ばっかり出てる。あちこち、辛かったでしょ」
「こ、れ、点滴、なに?」
「ただの糖分とか入ってる水だよ」
よかった。眠たくなる薬とかじゃないんだ。
「大野くん。こんな時間までありがとう。ごめん。僕、態度悪かったよね」
「別に。気にしてない」
大野くんにバレてしまった。口止めを頼むこともできるかもしれないけど、きっと母さんにも連絡が入っているだろう。
そして、母さんはもう、僕のわがままを許しはしないだろ。
「起きたの?」
全身が強張る。顔を向けることができない。
母さんだ。
「点滴が終わったら、出るわよ。荷物も持ってきたから」
声も出せない。
ただ、頷いた。
「灯の鞄ならここに」
「僕の、家の荷物。僕、このまま、母さんの実家に行くから」
母さんに、ちゃんとわかっていることを強調したくて、わざとこれからのことを言葉にした。
もうすぐ点滴が終わる。
「それは、灯にとって、悪いことなんじゃないの」
「悪いことなんかじゃないよ。いいことだよ」
母さんの実家は、ここから少し離れた土地にある大きなお屋敷だ。母さんが育ったのはそんなお屋敷の中にある小さな部屋だったそうだ。外から鍵がかかる小さな部屋。
母さんはそこで隔離されて育った。そして、アルファである父をあてがわれた。
僕のこれからもそうなるんだろう。
「誰にとってもいいことだよ」
オメガに転じたのは、高校入学が決まった後のことだった。
小学校から幼馴染の智と、来る日も来る日も受験勉強に励んだ。合格したときは、手を取り合って喜んだ。
これからたくさん遊ぼうねって、話していた。
だから、父と母に頼み込んだ。
成績を落とさない。ベータとして過ごす。バレたら、学校は辞めて母さんの実家に行く。
だんだんと無理がきていることは感じていた。
勉強ばっかりで、結局、智とも遊べていない。
薬の反動で、あちこち体調は悪い。
悪くなった体調を休める環境もない。
何のために頑張っているのかわからなくなっていた。
「灯は頑張り屋さんだね」
そう褒めてくれていた人――母さんは、今では僕をまともに見てくれることもしてくれない。
ぎゅうと、シーツを握りしめる。手の甲に刺さった点滴の針先が薄く浮き出て見えた。
ポタ、ポタ、跳ねる水音が、少しでも遅くなるよう願った。
「父さん。突然、ごめん。お願いがある。一生のお願い」
大野くんが、誰かと話している。電話の相手は大野くんのお父さん?
「前に話した子、あの子を助けたい。父さんの力を貸してほしい」
眉間に皺を寄せ、必死に話す彼は、普段からは想像がつかないくらい真剣だった。
「大野くん?」
大野くんは黙って電話を母の方の向けた。
「なに」
「父からあなたへ相談の電話です。聞いておいた方がいいです」
そう言って、大野くんは母さんにスマートフォンを渡した。母さんは、長身の大野くんに半歩、身を引いたが、奪うようにしてそれを手に取った。
電話の内容までは聞き取れないが、どんどん険しくなっていく母さんの表情に、不安を覚える。
これ以上、母さんを苛つかせたくないのに。
「灯はこっちを見て」
大野くんが、ベッドの傍で、僕と目線を合わせるようにして膝まづいていた。
「で、電話、なんの」
「安心して」
「母さん、怒ってる」
「大丈夫だから」
大野くんの手のひらが、僕の手の甲に重なる。
「灯のことは、僕が守るから」
目が、反らせない。
守るって、何から?
「あんた、いいとこのアルファなのね」
「話、終わりましたか」
立ち上がった大野くんは、母さんが突き出したスマートフォンを受け取り、一言二言、父親と思しき人と話、通話をきった。
母さんは、俯き、深い溜息を吐いた。
「もういい。もういいわよ。あんたにあげる」
どく、と心臓が打った。
母さんの方へ、視線を上げる。
母さんは眉間に皺を寄せ、強い嫌悪の目で僕を見ていた。
「いらない。そんな子、いらない」
母さんは、身体を前に折り、「あ――」と低く大きく発した後、
「ようやく、解放された」
と、吐き捨てるように言った。
それから、母さんは僕の方を見ることもなく、病室から出ていった。
「母さん?」
僕、捨てられたんだ。
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