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第3話

 それから、大野くんが、たくさん色々説明をしてくれた。懸命に理解しようとするけど、頭が働かず、うまく理解できなかった。ただただ、涙が止まらなくて、困ったし、彼を困らせた。 「今日のところは、俺の部屋に一緒に来てほしい」  帰るところがなくなった僕には、ありがたい申し出だった。  タクシーに揺られながら着いたのは、高いマンションの一室だった。大野くんに言われるがまま、お風呂に入り、着替えをして、テーブルでおにぎりを食べた。  気が緩むと、頭の中で、母さんの大きなため息が響き、すぐに涙腺が壊れ、嗚咽が止まらなくなった。 「この部屋空いてるから、ここで眠って。新しい薬、まだ合うかわからないし、しばらく学校は休もう」  大野くんは、なんでこんなに僕によくしてくれるんだろう。  黙って頷いた。  部屋には既に、布団が用意されていた。そこに潜り込み、小さく丸くなる。  いらないって言われた。  僕がオメガだってわかる前、年子の弟がアルファだってわかってから、母さんの関心はすべて弟に注がれていた。  それでも、嫌われてはなかった、と思う。  テストでいい点をとったら、「頑張り屋さんね」って褒められたこともある。  だから、頑張ろう頑張ろうって、耐えてさえいればどうにかなるって、思ってた。  バカだ。    「頑張り屋さんね」って言葉だって、弟と比べて、むしろ、呆れて貶しただけかもしれない。  頑張ったって、耐えたって、なんの解決にもならないのに、思考停止して、本当にバカだ。    *** 「学校は休もう」 「迷惑かけてごめん。お世話になりました」 「灯。聞いて」 「友達に何も連絡できてないままだから、今日休むと心配させると思うし」 「スマホでいいだろ、そんなの」 「持ってないし」  大野くんが立ちふさがり、玄関にたどり着けない。  僕が右へ左へと揺れると彼も同様に動く。 「いいか。お前はまだ普通の状態じゃない」 「そんなこと、わかってる。どうせ僕は、」 「違う違う。誤解するな。普通の……健康な思考ができる状態じゃない」 「おかげさまで。過去一、よく眠れましたが」  大野くんは、眉間に皺を寄せ、しばらく唸った後、「わかった」と項垂れた。 「俺も一緒に行く。あと、」  「これ」と突き出された箱には、「オメガ用カラー」と書かれていた。  アルファからオメガのうなじを守るための首輪だ。 「まだコントロール出来てないんだから。これして」 「いらない。そんなのしてたら、オメガだってすぐわかる」 「もう知れ渡ってる。アルファとオメガの社会は狭い。特にあの学校に、同世代のアルファがどれだけいると思ってるの。みんな灯に注目してる」 「いらない」 「そんな不安定な状態で、無防備に外歩いてほしくない」  大野くんの苛立ちが伝わってくる。  そうか。  もしこんな不安定な状態で発情期なんか来て、大野くんも傍にいたりなんかしたら。  それは、迷惑、だよな。  突然、貧相な男オメガの発情期なんかに巻き込まれて、うっかり番にでもなったら。  アルファから自分のうなじを守るため、なんて傲慢か。発情オメガからアルファ様を守るための首輪か。 「ごめん」  玄関の傍にある鏡の前に立つ。  青白い顔、長い前髪で、目はほぼ隠れているけど、充血してるし、隈がひどい。箱を開け、首輪(カラー)を取り出す。  結構重い。幅が広い黒の首輪だ。  違和感がすごいけど、これから慣れていくんだろうな。 「――タートルネックとかインナーに着てればわからないよ」 「持ってないかも」  母さんが持ってきた荷物は、前から飲んでいた抑制剤と何着かの服だけだった。  そりゃそうか。本当なら、母さんの実家でお世話になるはずだったんだから。 「俺の貸す」 「サイズ不安だけど、ありがとう」  大野くんと高さも厚さも全然違うから、案の定、借りた服はゆとりがありすぎた。けどまあ、首元は十分隠れた。  

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