4 / 9
第4話
大野くんと歩いてると目立つから、少し小走りになりながら離れるけど、すぐに大股で追いついてきた。
「ちょっと」と彼の方を見上げるけど、大野くんが見下ろしてくれないので目が合わない。
あきらめて隣に並んで、教室まで向かった。
チクチク突き刺さる視線が痛い。
緊張してきた。
智、いるかな。
教室に入る前に大きく深呼吸をし、一歩を踏み出す。
教室中の視線が一気にこちらに向き、思わず後ずさりするも、すぐに、大野くんにぶつかった。
「平気か?」
首をなんとか上下に振る。息を整え、智の姿を探す。
僕の唯一の友達、薄い茶色の丸い頭が、――いた。
こっちを見てる。
「智、」
智は、眉間に皺を寄せ、僕から目を逸らした。
あ。
それ以上、動けなかった。
違和感がある首をさする。服の下、固い感触があった。
関わりたくないんだ。僕が、オメガだから。
「灯!」
大野くんの声が遠くなる。気が付けば、その場から逃げ出していた。
これ以上、智の姿を見たくなかった。
友達だなんて、思い上がりだった。全然、一緒に遊べてなかったし。話せるのも学校内だけで、それも後半の方は、保健室通いが続いて、できていなかったし。
行く当てもなくがむしゃらに走る。
「この子、噂のオメガちゃんじゃない?」
靴箱の前で、急に腕を掴まれた。
3人の男子生徒だった。知らない人達だ。ネクタイの色から、一つ上の学年だとわかる。
無遠慮に掴まれた腕が痛い。
オメガ「ちゃん」って呼称、嫌な感じだ。
「昨日、騒ぎになってた子だ」
「顔見せて顔、男のオメガ、初めて見たかも」
ぐいと顎を掴み、顔を上げさせられる。
興味津々な目、獲物を狙うような目、いたぶるような目。鳥肌が立つ。アルファが混じっている、気がする。
「離してください」
「地味にかわいいかも」
「ちゃんとカラーしてる、いい子だね」
僕の言葉なんて届かない。
「俺、試したいかも」、ほぼ引きずられるようにして、校舎の外に連れ出される、その寸前。
「先輩方」
大野くんが、先輩の手を払い、僕を抱き寄せた。
息が荒い。汗の雫が頬から伝い落ちる。
「灯に、触ってんじゃねぇよ」
ピリと、空気が張り詰めるのがわかった。
表情までは見えないが、怒ってる。
先輩たちはたじろぎ、「お手付きだったんだ、残念」と軽い調子で去っていった。
「あ、りがとう。ごめん」
余程、全速力で追ってきてくれたんだろうか。荒い息を繰り返している。僕の肩口に額を乗せ、抱きついてというよりは、もはや僕にしがみついている。
「大野くん? 大丈夫?」
大きな背中をさする。大野くん自身も落ち着こうとしているようで、長い息を繰り返している。その背中越し、思わず「あ」と声をあげた。
智だ。
「あ、ご、ごめん。やっぱり、2人ってそういう関係……」
「そういうって」
「いや、すごい剣幕で引っ張られたからさ。『どういうつもりだ』って。お付き合い――てか、『番』? なの?」
普通に、話してくれている。
それにまた、視界が涙でゆがむ。
「『番』じゃない。昨日からたくさんお世話にはなってるけど。そんなことより、な、なんで、さっき、目、そらし」
「――ごめん。だって、俺、灯がオメガなんて知らなかったし、そんなに信用なかったんだとか、ショックで」
「僕が悪くて。いつまでも受け入れられなくて。本当は話したかったけど、智にまで嫌われたらって考えたら」
「それに、さっきさ。灯と大野が並んでる姿見たら、なんかベータの俺が入れる隙ないなって思っちゃって」
「大野くんとは本当になんでもないから」
「う」
大野くんの短いうめき声が聞こえた。
「え、あ、大丈夫? 落ち着いた? 本当にごめん。助けてくれてありがとう。あ、もしかして、どこか痛めた?」
「あ、いや。心のダメージが」
「大丈夫?」
大野くんがあんなに怒って、荒い言葉を使ってるの初めて見た。普段、ぼんやりしている印象だったから、少し驚いた。先輩相手に無理してくれたんだろう。
「ごめん」
「謝られると余計に辛いから。あと、俺を挟んで会話するのやめてくれない?」
「大野くんが離してくれないから」
「あ、ごめん」
パと大野くんは両腕を広げ、僕から大きく、1歩、2歩と離れた。
それから壁にもたれ、ずるずるとしゃがみ込み、項垂れた。地の底を這うような大きなため息が聞こえてくる。「どうぞ、話して」と促される。
心配だ。けど、逃げ出してしまった僕に、大野くんがつくってくれたせっかくの機会だ。心を決めて、智に向き直る。
「今日は、智に会えてよかった」
「え」
「僕、暗いし、流行りのものとか疎いし、スマホとかも持ってなくて、全然、友達として至らないところだらけだったけど」
「なんで、そんな、お別れするみたいなこと言うの?」
「智のおかげで、ここまで頑張れたし、笑うこともできた。本当にありがとう」
「灯?」
「退学するから」
捨てられたんだ。
昨日は、大野くんの好意に甘えてしまったけど、これからどうすればいいのか、考えないといけない。
僕より少しだけ背が高い智を抱き寄せる。
「智、これまでありがとう」
「灯」
智は何かを察してくれたのか、問いたださず、僕を抱きしめてくれた。
「退学とか、しないけど」
え。
声の方を向く。ようやく落ち着いたらしい大野くんが、ゆっくりと立ち上がるところだった。こっちに歩いてきて、無言で僕と智を引きはがす。
「灯はうちで預かることになったから、学費とか生活費とかは心配いらない。あと、」
僕の肩に、大野くんの両手が添えられる。
頬が、少し赤いように見える。
「俺と番になってほしいって、昨日、何度も言った」
「だから、あんまり他の人と気安くくっつかないでほしいんだけど」、そう、むっと眉間に皺を寄せる姿はなんだか幼い。
大野くん、3兄姉の末っ子って聞いたことあるなと、ふと思い出した。
そんな場合ではない。
「番、って」
誰と誰が。
ともだちにシェアしよう!

