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第4話

 大野くんと歩いてると目立つから、少し小走りになりながら離れるけど、すぐに大股で追いついてきた。  「ちょっと」と彼の方を見上げるけど、大野くんが見下ろしてくれないので目が合わない。  あきらめて隣に並んで、教室まで向かった。  チクチク突き刺さる視線が痛い。  緊張してきた。  智、いるかな。  教室に入る前に大きく深呼吸をし、一歩を踏み出す。  教室中の視線が一気にこちらに向き、思わず後ずさりするも、すぐに、大野くんにぶつかった。 「平気か?」  首をなんとか上下に振る。息を整え、智の姿を探す。  僕の唯一の友達、薄い茶色の丸い頭が、――いた。  こっちを見てる。 「智、」  智は、眉間に皺を寄せ、僕から目を逸らした。    あ。  それ以上、動けなかった。  違和感がある首をさする。服の下、固い感触があった。  関わりたくないんだ。僕が、オメガだから。 「灯!」  大野くんの声が遠くなる。気が付けば、その場から逃げ出していた。  これ以上、智の姿を見たくなかった。  友達だなんて、思い上がりだった。全然、一緒に遊べてなかったし。話せるのも学校内だけで、それも後半の方は、保健室通いが続いて、できていなかったし。  行く当てもなくがむしゃらに走る。 「この子、噂のオメガちゃんじゃない?」 靴箱の前で、急に腕を掴まれた。  3人の男子生徒だった。知らない人達だ。ネクタイの色から、一つ上の学年だとわかる。  無遠慮に掴まれた腕が痛い。  オメガ「ちゃん」って呼称、嫌な感じだ。 「昨日、騒ぎになってた子だ」 「顔見せて顔、男のオメガ、初めて見たかも」  ぐいと顎を掴み、顔を上げさせられる。  興味津々な目、獲物を狙うような目、いたぶるような目。鳥肌が立つ。アルファが混じっている、気がする。 「離してください」 「地味にかわいいかも」 「ちゃんとカラーしてる、いい子だね」  僕の言葉なんて届かない。  「俺、試したいかも」、ほぼ引きずられるようにして、校舎の外に連れ出される、その寸前。 「先輩方」  大野くんが、先輩の手を払い、僕を抱き寄せた。  息が荒い。汗の雫が頬から伝い落ちる。 「灯に、触ってんじゃねぇよ」  ピリと、空気が張り詰めるのがわかった。  表情までは見えないが、怒ってる。  先輩たちはたじろぎ、「お手付きだったんだ、残念」と軽い調子で去っていった。 「あ、りがとう。ごめん」  余程、全速力で追ってきてくれたんだろうか。荒い息を繰り返している。僕の肩口に額を乗せ、抱きついてというよりは、もはや僕にしがみついている。   「大野くん? 大丈夫?」  大きな背中をさする。大野くん自身も落ち着こうとしているようで、長い息を繰り返している。その背中越し、思わず「あ」と声をあげた。  智だ。   「あ、ご、ごめん。やっぱり、2人ってそういう関係……」 「そういうって」 「いや、すごい剣幕で引っ張られたからさ。『どういうつもりだ』って。お付き合い――てか、『番』? なの?」  普通に、話してくれている。  それにまた、視界が涙でゆがむ。 「『番』じゃない。昨日からたくさんお世話にはなってるけど。そんなことより、な、なんで、さっき、目、そらし」 「――ごめん。だって、俺、灯がオメガなんて知らなかったし、そんなに信用なかったんだとか、ショックで」 「僕が悪くて。いつまでも受け入れられなくて。本当は話したかったけど、智にまで嫌われたらって考えたら」 「それに、さっきさ。灯と大野が並んでる姿見たら、なんかベータの俺が入れる隙ないなって思っちゃって」 「大野くんとは本当になんでもないから」 「う」  大野くんの短いうめき声が聞こえた。 「え、あ、大丈夫? 落ち着いた? 本当にごめん。助けてくれてありがとう。あ、もしかして、どこか痛めた?」 「あ、いや。心のダメージが」 「大丈夫?」  大野くんがあんなに怒って、荒い言葉を使ってるの初めて見た。普段、ぼんやりしている印象だったから、少し驚いた。先輩相手に無理してくれたんだろう。   「ごめん」 「謝られると余計に辛いから。あと、俺を挟んで会話するのやめてくれない?」 「大野くんが離してくれないから」 「あ、ごめん」  パと大野くんは両腕を広げ、僕から大きく、1歩、2歩と離れた。  それから壁にもたれ、ずるずるとしゃがみ込み、項垂れた。地の底を這うような大きなため息が聞こえてくる。「どうぞ、話して」と促される。 心配だ。けど、逃げ出してしまった僕に、大野くんがつくってくれたせっかくの機会だ。心を決めて、智に向き直る。 「今日は、智に会えてよかった」 「え」 「僕、暗いし、流行りのものとか疎いし、スマホとかも持ってなくて、全然、友達として至らないところだらけだったけど」 「なんで、そんな、お別れするみたいなこと言うの?」 「智のおかげで、ここまで頑張れたし、笑うこともできた。本当にありがとう」 「灯?」 「退学するから」  捨てられたんだ。  昨日は、大野くんの好意に甘えてしまったけど、これからどうすればいいのか、考えないといけない。  僕より少しだけ背が高い智を抱き寄せる。   「智、これまでありがとう」 「灯」  智は何かを察してくれたのか、問いたださず、僕を抱きしめてくれた。 「退学とか、しないけど」    え。  声の方を向く。ようやく落ち着いたらしい大野くんが、ゆっくりと立ち上がるところだった。こっちに歩いてきて、無言で僕と智を引きはがす。 「灯はうちで預かることになったから、学費とか生活費とかは心配いらない。あと、」  僕の肩に、大野くんの両手が添えられる。  頬が、少し赤いように見える。  「俺と番になってほしいって、昨日、何度も言った」  「だから、あんまり他の人と気安くくっつかないでほしいんだけど」、そう、むっと眉間に皺を寄せる姿はなんだか幼い。  大野くん、3兄姉の末っ子って聞いたことあるなと、ふと思い出した。  そんな場合ではない。 「番、って」  誰と誰が。  

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