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第6話
春休みに入った。
新しい発情抑制剤は、効きもいいし、多少の副作用はあるものの、前ほどではない。こんなに穏やかな日々を過ごせるのは久しぶりだ。
好きな時間に家に帰れて、家の中でも自由に動ける。いくらでも、勉強もできるし、疲れたら、ベッドの上で眠れる。
なんて贅沢なんだろう。
すべて、大野くんのご家族のおかげだ。
一度、ご挨拶をしたいと伝えるも、大野くんからは「まだ早い」と却下されている。何がまだ早いんだろう。
頼りっぱなしで申し訳ない。
「すごく言い出しづらいんだけど、スマホを買って頂けませんか」
「ようやくか」
僕は、今、ソファに座る大野くんの前で、ラグの上で正座をしている。
何度か申し出があったにも関わらず、断っていただけに、なかなか顔が上げられない。
特に、不便がないし、何よりこれ以上お金を使ってもらうことに抵抗があった。けど、僕にも『連絡先』が必要だ。
「バイト代が入ったら必ず返します」
ちらりと大野くんの方を見る。
大野くんは、長い沈黙の後、盛大に顔をしかめた。
「――バイト? 何か欲しいものがあるの?」
「今まで思いつかなくてごめん。欲しいものとかは、別に。それどことか、すごくよくしてもらって。身内でもないのに、申し訳なさすぎて。少しずつでも、大野くんのご家族にかけてしまっている負担を減らしていけたらと思って」
「身内でもないのに、ね」
繰り返され、どきっとする。僕はまだ、大野くんへ返事をしていない。
追及されたらどうしようと身体が固くなる。
けど、大野くんは、僕から目線を逸らし、ため息を吐いただけで、それ以上、何も言わなかった。
「ご、ごめん」
「別にいいけど。決まってるの? バイト先」
「あ、まだで。雇ってくれるところならどこでもいいかなって」
オメガだし、とは、自分では言いづらく、言葉を濁した。
「こだわりないなら、紹介したいところがあるんだけど、そこでもいい?」
「え、あ、うん。ありがとう。助かる……」
「その前に、」
大野くんは立ち上がり、僕に手を差し出した。
「スマホ、買いに行こう」
「いいの?」
「ん。ついでに観たい映画あるんだけど、付き合ってよ」
「ありがとう」
大野くんの手を借り立ち上がる。足がじんわりとしびれていた。「とと」とよろける僕を、大きな掌が支えてくれた。
「ご、ごめん」
「気を付けて」
「あ、ぼ、僕、用意してくるね」
大野くんから離れ、隣の部屋に戻る。学校と家との往復だったから、外出なんて久しぶりだ。
――何着ていこう。
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