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第7話
「――制服」
チャイムとともに現れた大野くんは、雑誌の中の人みたいだった。薄いベージュのバケットハット、大きな花柄のカーディガン、だぼだぼの黒いズボン。普段、制服か部屋着しか見ないから新鮮だ。
正直、めちゃくちゃ、かっこいい。
対して、僕は制服だ。そりゃ、呆れられるよね。
恥ずかしくなってきた。
「毎月の生活費、足りてないとか」
「え、あ、十分、頂いてます。ただ、あんまり不要なものは買わないようにしてて
。いずれ返していくわけだし」
「不要なものって」
「ごめん。もう少し、揃えておくべきだった」
制服と寝巻を兼ねて部屋の中でなら着れそうな服くらいしか持っていない。もともと興味がなかったし、必要なかったから、思いつきもしなかった。
制服ならまだマシかと思ったけど、ただでさえ人目を惹く大野くんの隣を歩かせてもらうには、申し訳ない。
「えっと、誘っておいてごめん。僕、ひとりで行くよ。あの、契約のときの連絡先とか、そういうのって」
「俺も行く」
「でも」
「絶対に一緒に行くから」
「ちょっと待ってて」、大野くんは、慌ただしく、部屋から出ていき、すぐに戻ってきた。小脇に数着の服を抱えている。
「これ、着て」
「え、な」
「ズボンは制服のままで。上だけこれで。映画も見るのに、制服だと疲れるだろ」
突き出された服を受け取る。大野くんが今着ているものと色違いのカーディガンだった。こっちは、地の色が灰色で花がベージュやくすんだピンク色だ。
大野くんが着ると裾が腰のあたりだけど、僕が着るとおしりのあたりまであった。
「あ、ありがとう」
「ああ、うん。――かわいい」
「え、はは」
僕のこと、不憫に思って、持ってきてくれたんだろうな。ますます、申し訳ない。バイトもする予定だし、今度、外にも着ていけるような服も揃えておこう。
鞄を持って、大野くんの隣に並ぶ。
「あ、ペアルックだね」
大野くんは、大げさに肩を跳ねさせ、むすっとした顔で僕を見下ろした。
「一応。初デートのつもりなんで」
大野くんは、肩掛けしていた小さな鞄から、何かを取り出し、僕の頭に乗せた。黒色のバケットハットだ。
「浮かれてごめん」
顔は真っ赤だった。
つられて、僕の顔も熱くなる。
そうか。
この人は、僕を番にしたいって言ってくれている人なんだ。
***
無事に携帯電話の契約を終え、近くの喫茶店で休むことになった。
僕が思っている以上に、いろんなプランがあって、いろんな機種があって、到底、僕一人じゃ決めきれなかったと思う。大野くんには感謝しかない。
真っ黒で平な長方形。小さいのにしっかり重い。
初めてのスマホだ。
これまでいらないと思っていたけど、クラスメイトで持っていない人はいなかったし、スマホ関連の話題も多くて、会話にはついていけなかった。
何より、メッセージの送りあいとかできなくて、寂しく思っていた。
「あ、これ、智と繋がれる? ゲームとかSNSとか」
「灯は、まずは、ネットリテラシーから学んだ方がよさそう。とりあえず、電話機能だけの使用をおすすめする」
「い、一応、授業でやっていた分には理解してるよ」
「知識と実践は違うからなあ。あと」
ひょいとスマホを取り上げられた。
スイスイ、画面の上で軽やかに指が動く。
「一番、最初に繋がるのは俺」
返ってきたスマホのアドレス帳の一番上に「大野 結」の名前があった。
それから、ポコンと音がして、緑色のアイコンの右端に①と表示される。タップすると、念願のメッセージアプリにも、大野くんからのメッセージが届いていた。
「よろしく」
アイコンは、アスファルトに並ぶ5人の影だった。両端の2人が中の3人を囲うように腕を丸く上にあげていて、なんとも微笑ましい様子だ。
「それ、家族全員強制なんだ」
「仲いいんだね」
「俺は変えたいんだけど」
「素敵だと思う。けど、大野くん、ほんと家族に弱いよね」
「末っ子だし。立場が負けてる」
「学校では、最強に見えるのに」
「なにそれ」
自覚ないところがまた強いよなあ。いつも、自然体で、周囲に愛されて、勉強も運動も、なんでもできて。かっこいいし、優しいし。
アルファだし。
「憧れるなって思って」
ほんと、僕なんかじゃなくていいのに。
なんだか、だんだん、大野くんがかわいそうになってきた。
喫茶店を出て、大野くんが観たいと言っていた映画を見た。原作が有名なミステリー小説らしく、ぐいぐいとストーリーに引き込まれて、長編ではあったけど、最後まで集中して楽しめた。
帰宅してから、メッセージアプリのアイコンを変えた。
映画を見ながら、大野くんと一緒に食べた大きなポップコーンにした。
『今日はありがとう。お世話になりました』と、メッセージを送る。
すぐに、返信があった。
『また行こうね』
僕はそれに、今日教わったばかりのスタンプを返した。
『OK』って、親指を突き出している猫のスタンプ、かわいい。
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