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第19話 発表会

 ゲネプロ(本番同様の通し稽古)の時、太一は悟った。 (僕は多分、失敗する。) 今までこんな事は,一度も思わなかった。  揺るぎない自信が太一を支えて来た。今回は特別だ。 (ゲネプロまで来たんだ。何があってももう後には引けない。)  60周年記念発表会の、群舞の最後の出し物が終わった。  プログラムの最後は太一のソロだ。太一は『牧神の午後』を雛子先生の振り付けで踊るのだ。コンテンポラリーダンス。  ドビュッシーの曲を現代感覚で解釈した官能的な作品だった。  ー夏の昼下がり、好色な牧神が昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽るー という内容で、ニジンスキーの振り付けが有名だ。  片足だけ、裸足のエロティックな衣装と踊りが話題になった。  太一の危惧とは裏腹に、公演は大成功だった。  おめでとう!おめでとう! 楽屋は大騒ぎだった。蒸せ返るような大量の花束。  「太一君、芸能記者がインタビューしたいって。」  煩わしい。渋々受けたインタビューだった。 「素晴らしかった。また、女性ファンが増えますね。」 「一部のバレエファンが見に来ただけですよ。 全然有名じゃないし。」  適当に返事をしてインタビューを切り上げようとした。帰り際にその記者が 「左足、お大事に。」 ボソッと言った。  愕然とした。痛みがあいつには見えるのだろうか?確かに左足のアキレス腱のあたり、違和感を感じていた。 (ヤバい。この頃いつもここが痛い。 気のせいだと思うのも無理になって来た。)  翌日、外科に行って診察を受けた。 「無理して酷使したね。関節が変形しているよ。 すり減って骨が鋭利な刃物のように尖っている。 神経に当たると痛むんだ。」  年を取ると誰でもこうなって来る。しかしその若さでは、たいへん珍しい、と言われた。  自分がまるで老人のような気がする。 「骨切り手術で尖ったところを削るか?」 まだ痛みも少ないので様子を見ることになった。  バレエは続けられるのか、とは怖くて聞けなかった。様子を見るという事で帰って来た。  
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