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第20話 フラメンコ

「60周年の発表会以来、 太一君燃え尽きちゃった? この頃、あまり身が入らないみたいだね。」 「はあ?そんな風に見えますか。 気を付けます。」 「ちょっとリフレッシュしようか?」  そう言って雛子先生が連れて行ってくれたのは、あのフラメンコのタブラオだった。 「私の友達がやってる店。 紹介するね。オーナーのガルシア・フェルナンデス。」 「君が太一か。フラメンコを見て行きなさい。」 気さくに言ってくれた。 ダンサーなのか?とは聞かれなかった。  雛子先生と一緒に来たからバレエ関係者だとわかったのかもしれない。  初めて見たフラメンコは素晴らしかった。 ギターの激しくも物悲しい演奏に合わせて、情熱的に踊る女性。激しく足を踏み鳴らし,踊る一つ一つに意味があるのは、わかった。  ソレア、孤独。そしてアレグリアス、ダンサーが華やかになり、喜びを表す。  サパテアートは踵を踏み鳴らす。パリージョ、手に持ったカスタネットを絶妙に打ち鳴らす。  幾重にも重なったドレスの内側のフリルが綺麗だ。一瞬で変わる色彩。  ブラッソ、手の動きが欠かせない。男女が二人で登場する。恋をしている二人。手の動きで切なさが伝わる。タンゴ、情熱。  そしてブレリア、嘲の踊り、別れの予感。 曲調が変わるたびに、男たちのカンテ、歌が入る。朗々と歌う男声が盛り上げる。  バイラオール男性とバイラオーレ女性の一幕の物語。  太一はもう夢中だった。バレエ以外にこんなに心を掴まれた事はない。  もうフラメンコで頭はいっぱいだった。  それから一人で毎日のようにこの店に通った。『カーサ・デ・シェモア』この店の名前だった。  雛子先生に相談した。 「俺、スペインに行ってみたいんです。」 「そうね、しばらくはバレエを休んで違う踊りもいいね。足を酷使しなければ。」 「知ってたんですね、足の事。 フラメンコだって健康な足は必要ですよね。 僕は踊らなくてもいい。 ただあの空気を感じたい。」 「気付いていたよ。 手術を受けてから行きなさい。 半端な事はして欲しくない。」  関節の骨切り手術を受けて、厳しいリハビリをした。  スペインへの憧憬が太一を支えてくれた。 今までバレエが人生の最優先事項だった。  まるで違う世界に飛び込むのは勇気が必要だった。
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