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第23話 帰国

 日本に帰って来て、ガルシアの勧めで『カーサ・デ・シェモア』でダンスを踊ることになった。足の関節は調子良く痛みも出なかった。  スペインでの日々、太一は誰とも恋をしなかった。お誘いは多かったが自分を律した。  ガルシアが自分はゲイだとカミングアウトしたから 「僕はその気は全く無いよ。」 と突っぱねた。それから太一の周りには厳しい目が光る。 「他の奴にも渡さない。」 ガルシアの愛は重たかった。  スペインでリズ・テーラーみたいな美人のスペイン女に言い寄られても、残念ながらお断りした。  久しぶりに会った雛子先生が 「修行僧みたいだったって、ガルシアが言ってたわ。お店で踊ってるのね。」  この店は居心地が良かった。アンダルシアの風が吹く。  消えたと思われたバレエダンサーの宮原太一が踊っていると、芸能記者に嗅ぎつけられた。  この店の歌手もダンサーもギタリストも、もう気心の知れた仲だったから、ステージは楽しかった。 「もうバレエは辞めたんですか? 左足は完治したのでしょう?」 あの芸能記者だった。 「僕の事、おもしろがって記事にするのはやめてくれ。もう表舞台に出る気はないんだ。」 「雪之丞翁も待ってるんじゃないですか?」 「そんな事はないよ。引退したんだ。」 「ところでご結婚はされないんですか? 太一さんにゲイ疑惑が出てますよ。」 「そんなゴシップを持ち出してるのはあなたでしょう。いい加減にしてください!」 (ゲイ疑惑だなんて、ガルシアが喜びそうだ。 結婚しないだけで、なんでそんなことになるんだ。)  それでもこのタブラオで踊るのは楽しかった。 (カンテも好きだ。朗々と唸るように歌うのは男らしいと思う。男声に惹かれる。)  その日のステージでサパティアートで足を踏みな慣らしていた時、 「うっ!」 鋭い痛みが走った。踵の少し上を思い切り蹴られたような痛みが走ったのだ。  もう立ち上がれない。痛みは酷くなる。 ガルシアが抱え上げてくれたところで意識を手放した。

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