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第34話 母娘

 アイドルの仕事は出来るだけ抑え気味にした。ハルクの世話を優先したかった。  在宅ワークの太一は、いつもハルクと一緒だ。 たまには息抜きさせてあげたい。  太一は優しい男だった。こんな人を他に知らない。我慢強いのか、楽しそうに家事をこなす。 「ヒカルが来てくれるから家事も子育ても出来てるんだよ。以前の僕はもっとあくせくしていたよ。ありがとう。」  首に抱きついて甘える。ハルクもやって来て、一緒に抱きつく。 「重たいなぁ。幸せの重さだ。 ハルク、大きくなったね。」 「アックも、アックも。」 自分の事をアックと言う。俺はイカァ、で太一はイィチ、だ。  言葉が遅いと心配しているが、俺は可愛いと思う。そのうちしゃべるようになるだろう。  この家に帰って来るとホッとする。 玲奈は子供が嫌いだ、と言って寄りつかない。  太一が正式に離婚を言い出したから逃げている。 「はっきりさせたいんだが。 玲奈に言っても話が進まないんだ。」  玲奈はもう身動き取れなくなっていた。 遊ぶ金が必要で借金が膨らんでいた。 「ママ、お金残ってないの? マチキンがうるさいんだけど。助けてよ。 一千万くらい残ってるでしょ。」 「一体いくら借金あんだよ?太一の稼ぎは?」 「知らないよ。いくら稼いでるかなんてあいつ言わないもん。」 「どうせ安サラリーマン、たいした稼ぎはないだろね。」 「なんか、スナックの客から引っ張れないの?」 「馬鹿言ってんじゃないよ。 もう賞味期限切れだっておまえが言ったんだよ。 アタシは売れないよ。」 「ママじゃなくてあたしなら高く売れるかな?」 「昔の吉原じゃあるまいし。 高く売るなんて無理筋だろ。やっぱ、保険金あてにするか?」 「怖いなぁ、このおばさん怖いなぁ!」 「何言ってんだい。 背に腹は変えられぬって言うだろ。」  頭のネジがどこかに吹っ飛んだ母娘の会話だった。

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