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第44話 玲奈の言い分
家庭裁判所では、子供の親権で争う場合、ほとんど母親が勝つ。
子供には母親が必要だ、という古来からの母系社会の意識が今もあまり変わっていない。
太一と玲奈は別々に呼ばれて調停員に話を聞かれた。普通、調停の段階で弁護士が付く事は珍しい。この弁護士はベテランで、柔らかな物腰の落ち着いた女性だったので、概ね好意的に受け止められた。父親側の証人、という位置付けだった。
この頃は親の虐待案件が増えている。
離婚して子供を引き取っても、新しい相手が出来ると、ネグレクト(育児放棄)から虐待に繋がって行く。
母性に期待しても、血の繋がりのない新しい父親に母性が勝つ事は稀だ。家計を担う男に逆らえない。男が子供を嫌がれば、見せしめに子供を虐待して見せる。
社会の、シングルマザーに対するケアが不十分なのだ。子供を抱えて働くのは厳しい。なので、男に依存する。どうしても子供は邪魔者になる。
太一も玲奈に子供を渡すとそういう事になる、と心配している。
太一の弁護士はそこを強調した。
「虐待につながる収入の安定していない母親が、親権を持つのは危険だと思います。
幸い子供は父親に懐いています。
ずっと父親が子供の面倒を見て来ました。
今の職場は託児所も充実しています。
なにも問題はないでしょう。」
圧倒的に太一側の主張が通った。
個別面接でもきちんと対応した太一の勝ち、だった。玲奈はまともな主張など出来るはずもない。
印象は真逆だった。
「この母親には子供を育てる知恵はない。」
と結論付けたのだった。
「なんで、裁判所とかに行く事になったのよ!
あたし、ああいう所苦手なのに。」
斉藤に八つ当たりした。
「俺がついて行くわけにいかねぇだろ。」
「あんたが弁護士だったら良かったのに!」
斉藤は金融の仕事をやっているくらいだから、マジでヤクザである。
組関係の弁護士もいるが、こんな女のためにそれは使わない。玲奈は生半可な知識で裁判とか言えば相手はビビる、と思っただけだった。
系統立ててきちんと自分の主張が出来る知恵は無かった。調停員にたしなめられた。
「きちんと働いて、子供に堂々と会えるようなお母さんになりなさい。」
そう説諭された。
「もおーっ!腹立つ。
斉藤さん、あんたほんとにヤクザならケジメつけなさいよ。」
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