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離別③
今年も夏が始まろうとしていた。日暮れが近付くと、蝉が一斉に鳴き始める。
「やっぱり、あんま気乗りしねぇなぁ」
金曜の夜だった。河北の誘いで、合コンに参加することになっていた。
「まぁまぁまぁ、そう言わずに。今日は傷心の曜ちゃんを励ます会でもあるんだから。かわいい子集めといたって連絡あったから、楽しみにしといてよ」
「俺は別に、彼女とか今はいいっつーか」
「頼むよ~。曜ちゃんが来てくれると、女子の反応が段違いなんだもん」
「お前それが本心だろ」
頭を下げて頼まれては断れず、とりあえず難しいことは抜きにして食事と酒だけ楽しめばいいやと、軽い気持ちで薄暗い店内へと足を踏み入れた。
「……」
「……」
真尋がいた。薄暗い店内の一番奥、レースのカーテンで仕切られた半個室の、テーブルの一番隅に、座っていた。
「ごめんね~。仕事がなかなか片付かなくって。あ、曜ちゃん真ん中でいい?」
何も知らない河北は、曜介を真尋の隣に座らせようとする。女子メンバーも三人集まっており、一刻も早く乾杯したいのだろう。だが、
「いやいやいや、ちょっと待って。なんでこいつがいんの。全然聞いてねぇんだけど?!」
「ああ、高峰先生はオレが前いた学校で知り合って」
「だからってなんで!?」
「いや、普通に。人数足りなかったから。なに、二人とも知り合い?」
曜介と真尋は黙りこくったまま見つめ合った。合コンの席で男二人がお見合いするなど、不毛の極みである。やがて、真尋は呆れたように溜め息を吐いて席を立った。
「悪いが帰らせてもらう」
「なんで!?」
焦ったのは河北だ。帰ろうとする真尋を必死で引き留める。
「曜ちゃんのせい? だよね、絶対。この顔そんなに気に食わなかった?」
「おい、俺の顔がなんだって」
「曜ちゃんからも説明してよ~。二人、知り合いなんだよね? もしかしてすっごく仲悪いとか? 喧嘩して絶交してそれっきりとかなの? だったら謝るからさぁ、機嫌直してよ」
「……」
「……」
「ちょ、なんでだんまり!?」
「…………すっごく仲悪い……わけではない……と思う。たぶん」
真尋は何も言わず、代わりに曜介が答えた。今の説明は嘘ではないはずだ。最後に会ったのは高校の卒業式で、それ自体は綺麗な別れだったと思う。以降、お互い連絡を取らず、会うこともなかったが、絶交していたわけでは決してない。ただ、関わることを避けていた。できることなら、会いたくなかった。
「ちょっと、純平。いつまでグダグダやってんの」
幹事の女性が不機嫌そうに立っていた。
「みんなお腹空いてんだけど。早くしてくんない」
「い、いま戻りますぅ……」
女性の剣幕に圧倒されて縮こまった河北を憐れに思ったのか、真尋は仕方なしに席へと戻った。
乾杯前からかなり不穏な雰囲気になってしまったが、酒が入ればだんだん打ち解け、和やかなムードへと変わっていく。女性との会話の端々から、曜介は真尋の近況を知った。真尋もまた、会話の端々から曜介の近況を知ったことだろう。
真尋は東京の大学に進学して、卒業後は地元に戻り、今は高校で養護教諭をしているらしい。てっきり東京の人になってしまったものと思っていたのに、だからこそ曜介は地元に戻ってきたというのに、まさかこんなに近いところにいたなんて、全く思いもしなかった。
女性二人は真尋に夢中だ。主催者である河北も、一人の女性に狙いを定めて口説いている。女性の方も満更ではなさそうで、会話が弾んでいる。一時はどうなることかと肝を冷やしたが、会はそれなりに盛り上がっている。
間接照明の落ち着いた明かりの下で酒を飲む真尋の姿は、曜介の知るそれとはまるで別人のように思えた。あいつの唇は、あんな色をしていただろうか。鼻の形も、細められた眦も、昔からあんな風だったろうか。昔よりも伸びた髪は以前にも増して黒々と美しく、さらさらと頬を流れ、首筋を撫でる。
見つめ過ぎただろうか。真尋と視線が絡んだ。目が合うと、少し照れたように小さく笑った。その微笑みは、確かに曜介のよく知る真尋の笑顔だった。重ねた年月分大人びながらも、十代の面影を残している。誰よりも早く、曜介はそれを見つけられる。
かつて失ったはずの、自ら望んで捨て去ったはずの恋心が、胸の奥で密かに息を吹き返した。捨てたはずと思っていたのに、この十年、胸の奥でずっと燻り続けていたのだ。小さな小さな種火であっても、ほんの少しの風が吹けば、炎となって燃え上がる。
宴もたけなわで、飲み会はお開きになった。河北は目当ての女の子とよろしくやっているし、二次会と称してどこかへしけ込むつもりだろう。残った四人で飲み直そうと誘われたが、真尋が体よく断った。曰く、「彼女と別れたばかりで、次のことはまだ考えられない」らしい。女性二人はタクシーで帰り、最後に曜介と真尋が残った。
「……」
「……」
「あー……どうする、この後」
「……どうって?」
「いや、その……」
酒の席では自然と話せていたのに、二人きりになると途端に気まずい。自動車のヘッドライトや、居酒屋の看板、バーのネオンが、眩しく光っては沈黙を照らし、二人の間を知らんぷりして通り過ぎる。
昔はどんな風に話していたんだっけ。この歳で高校生のノリはキツいだろうか。そもそも、高校時代もまともに話せていなかったように思う。あの頃言えなかった言葉の数々を、今更になって思い出す。
「うち、ここから結構近いけど」
「……」
「来る?」
「……」
「イヤなら無理にとは……」
「……途中、コンビニ寄っていいか」
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