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第五章 諸恋①-♡♡

 タクシーを呼び、まずは京太郎を家まで送る。「次の行き先はどうします」と運転手が尋ねる。曜介の家と、真尋の家。距離的には同じくらいだ。どうする?と曜介が聞く前に、「お前の家」と真尋が言った。  人生で一番長い十五分だった。タクシーの後部座席。目まぐるしく移り変わる車窓の風景。夜の街明かり。真尋の手が、そっとシートの上を滑る。小指と小指が密かにぶつかる。真尋は窓の外を見つめたまま。ガラス越しに目が合った。曜介が小指を絡ませると、真尋も小指を絡ませる。鏡の中で、真尋が微笑んだ気がした。  アパートの外階段を駆け上がる。ポケットの鍵を探す手間さえもどかしい。ドアを閉めるなり、玄関でキスをした。  靴も脱がず、真尋を玄関扉に押さえ付けるようにして、強引なキスをした。唇を噛み、舌をねじ込んで、溢れる唾液が喉を伝う。胸元に置かれた真尋の指先が震えている。余裕なさげに曜介のシャツを掴んでいる。口の端に漏れる吐息が艶めかしくて、さらに口づけを深くした。   「っ……がっつきすぎだ」 「だって、まだ夢見てるみてぇで」 「せめてシャワーくらい……」 「この前はそのまましただろ」 「この前は、だって……あの時とは事情が違うだろ」 「俺はこのままでもいいけどね。お前の匂い、すげぇするし」    首筋に鼻先を触れさせて息を吸う。真尋はビクビクと腰を仰け反らせた。   「ばかっ、嗅ぐな……」 「うん、でも、すげぇ好き」    今度は舌先を這わせてちろりと舐める。真尋はガクガクと膝を震わせ、曜介にしがみついた。   「へへ、ちょっとしょっぱい」 「んっ……なぁ、曜介。今日はちゃんとしてぇんだ。だから」 「ああ、ちゃんとしような。この前もちゃんとしたけどな」 「そうじゃ、なくて……今日は、その、前と違って……初めての…………だから、ちゃんと、シャワー……」 「……」    少女のように頬を赤らめて口籠る真尋があまりに可憐で、曜介は数秒間フリーズした。まさか真尋の口から生娘のような台詞が飛び出してくるとは思わなかったのだ。妖しい魅力で誘惑し、翻弄してくると思っていた。前回はそんな感じだったのに。   「そ、そうだな、ちゃんとシャワー……」    真尋に引っ張られて、曜介まで恥ずかしくなってくる。初めて恋人の家にお泊まりする高校生のような雰囲気に、全身がむず痒くなってくる。  曜介が手を放すと、真尋はぱっと脱衣所まで駆けていき、「覗くなよ」と言ってドアを閉めた。「それってフリ? 押すなよ押すなよってやつ?」と曜介が小学生みたいなことを言うと、真尋は少しだけ隙間を開けて「フリじゃない。覗くな」と念を押した。  しんと静まり返った六畳の和室に、流れる水の音だけが響いている。壁を隔てた向こう側で、真尋が今、裸になって、シャワーを浴びているのだ。そう思うと落ち着かない。テレビでもつけて気を紛らわせてもよかったが、この音を聞き逃すのはもったいないような気もして、曜介は布団の上にきちんと座り、ただそわそわしながら待っていた。  ガチャ、と浴室のドアが開く。ゴォー、とドライヤーの音がする。濡れた髪を乾かしている。やがて音がやみ、廊下を足音が近付いてきて、居間の引き戸がそっと開いた。   「待ったか」 「まぁ、そこそこ……」    しっとりとした黒髪。赤らんだ頬。曜介の貸した部屋着に着替え、真尋は曜介と向かい合うように腰を下ろす。一瞬視線が絡み合うが、気恥ずかしくて目を逸らした。   「んじゃ、まぁ、早速……」 「……ああ」    そっと手を握って、唇を寄せる。童貞のように緊張した。真尋がぎゅっと目を瞑る。曜介はいきなり立ち上がった。   「やっ、やっぱ俺もシャワー!」    真尋はきょとんと目を丸くした。   「すぐ済ますから、待ってろよ!」    そう言い残して、曜介は風のように浴室へと引っ込んだ。ここで日和ったら男が廃るぞ、と河北に叱責される。いや、日和ったわけでは決してないのだ。ただ、これからすることを考えると、正式に付き合い始めてから迎える最初の夜なのだから、真尋の言うように、ちゃんとしたいと思ったのだ。  熱いシャワーを頭から浴びると、かえって冷静になれる気がした。成り行きで一晩だけ関係を持つのとは訳が違うのだ。これから始まる新しい未来への第一歩なのだから、何よりも大切にしたい。宝物のような思い出として残るようにしたい。体は隅々まで念入りに洗った。  髪を乾かすのも程々に戻った。居間は照明が落とされていた。布団の上で人影が身動ぎをし、起き上がった。薄手の白いブランケットに、真尋が頭から包まっていた。   「おせーよ」 「ごめん」    拗ねたような声色だ。曜介は真尋の隣に腰を下ろした。頭に被ったブランケットが、ちょうど花嫁のベールのようだった。ベールは脱がさず、真尋の頬に手を添えて、そっと唇を重ねた。緊張はしたが、童貞ほどではなかったはずだ。  神聖な儀式を行っている気分だった。新しい未来への第一歩としては、上々の滑り出しだろう。   「好きだよ。真尋、お前が」    曜介が囁くと、真尋はブランケットの中で身動ぎをした。微かな衣擦れの音が響く。   「おれだって……おれの方が……」 「うん」 「……好き、だ……」    もう一度口づけを。今度は少し深いものを。舌を奥へと滑らせる。   「んっ……んん……」    口内を甘やかしながら、真尋をゆっくりと押し倒し、布団へ寝かせた。シャツの裾から手を忍ばせ、洗い立ての素肌に触れる。括れた腰から、しなやかな脇腹、そして胸元へと、シャツを捲りながら指先を滑らせる。   「ンっ……」    なだらかな胸を掌で包み込み、その頂を指先で捏ねた。真尋は僅かに身を捩って、口元を押さえる。   「我慢しないで、聞かせろよ」    曜介が言うと、真尋は片目を開いて曜介を見る。この目は、子供の頃からよく知っている。挑発的な、負けず嫌いの目だ。   「だったら、お前が声を出させてみろよ」 「いいのかなぁ。そんなこと言っちゃって」 「ふん。逆にてめーを鳴かせてやるぜ」    組み敷かれている状況でよくもそんな強気な態度を取れるものだと感心するが、これが真尋本来の気質なのだ。手中に収まったと見せかけて、そう簡単に全てをくれてやるわけではない。そんな安い男じゃないのだ。   「まだるっこしいことは抜きだ。とっとと挿れな」    真尋は曜介の手を握り、下着の中へと導いた。そこは既にしっとりと濡れていた。指先にキスするように吸い付いて、軽く押し込めば簡単に入ってしまう。  前言撤回。真尋は今夜、曜介に全てをくれるつもりらしい。   「いいの? 俺もう、一生お前のこと離してやれないよ?」 「こっちの台詞だ。おれの一生は高くつくぜ」 「望むところよ」    曜介は、真尋の服を一枚ずつ丁寧に脱がした。同時に、自身の服も脱ぎ捨てる。生まれたままの姿で、男が二人。薄明かりのせいか、真尋の肌はやけに白く、一点の曇りもなく滑らかに、艶めいて見えた。裸を前にしただけで、性感が刺激される。真尋は曜介の下腹部へ視線を落とす。   「しゃぶってやろうか」 「エッ……!?」 「妙な反応すんな。別に初めてでもないんだろ」 「そりゃ、まぁ……」    あえてそれを強調するように、真尋は舌を覗かせる。赤く色付き、濡れている。あれに包み込んでもらえたら、相当気持ちいいだろう。想像だけで勃起がやまない。   「でも、お前ン中で出したいし……」 「じゃあ寸止めで勘弁してやるよ」 「えっ、ちょ……」    真尋は跪いて頭を低くし、曜介の下腹部へ顔を寄せた。まるでマイクを持つように、人差し指から順番に指が絡んで、曜介のそこを優しく握る。それから、まるでシャンソン歌手のように、先端にそっと唇を寄せる。  ちゅっ、と唇が触れた瞬間。腰に電流が走ったようだった。もぎたてのフルーツみたいな唇が、お世辞にも綺麗とは言えないそこに、躊躇いもなく触れている。かと思えば、小さく窄まった口の中に、先端が吸い込まれる。舌の熱いうねりを直に感じて、危うく射精するところだった。  それにしても、いい眺めだ。幼馴染がこんなにエロくてどうしよう。さらりとした黒髪を揺らし、真剣にしゃぶってくれている。曜介が頭を撫でると、真尋は顔を上向けて視線を上げた。細められた眦が蠱惑的で、またしても射精の危機であった。   「あの~、もうそろそろやばいんだけど……」    恥を忍んで告げれば、真尋は口元を拭って満足そうに笑った。   「体位は? こっち向きでいいか」 「ああ。顔見てぇし」    仰向けになった真尋の上に覆い被さる。太腿に触れて足を開かせ、奥に隠れた蕾に触れる。   「お前さ、これ、自分でやったの」 「まぁな」 「風呂で?」 「あと、お前待ってる間に」 「ふーん……」    あの真尋が、他ならぬ曜介を迎え入れるために、自分で尻の穴を弄って、柔らかく解して、濡らしておいてくれたのか。そう思うと、胸がいっぱいになってくる。つぷつぷと指先を出し入れすると、もどかしそうに腰が揺れた。   「っ……なん、だよ。気に入らなかったか」 「いーや? すげぇかわいいと思って」    もう我慢なんてできなかったし、する必要もなかった。曜介は真尋の細い腰を掴んで、ガチガチに硬くなった自身を、濡れそぼった穴に突き立てた。   「あっっ」 「ぐっ、すげぇ吸い付き」    ずぷ、ずぷん、とより深みへと沈んでいく。蜜壺とは言い得て妙であり、まさにそんな感じだと思った。前回よりもずっと柔らかく濡れていて、それでいて締め付けは前回以上だ。肉襞の熱いうねりを直に感じる。   「やべっ、ゴムしてねぇ」    枕元に用意しておいたのに、興奮しすぎて頭からすっぽり抜け落ちていた。曜介が一旦抜こうとすると、真尋が腰に足を絡めて引き寄せるので、肚の奥のより深いところを抉ってしまった。真尋は苦しそうに息を詰めるが、足を絡めたまま離そうとしない。   「いい、このままで……てめーの熱を、ちゃんと感じてぇ」 「っ……」    ここに来てまだ煽るのか。わざとなのか、そうでないのか。どちらにしても、ここで怯んでいては男が廃る。曜介は、もう一度真尋の腰を掴み直し、大きなストロークで最奥まで突き上げた。   「あぁっ──」    ビクン、と真尋が肢体を仰け反らせる。ぴゅる、と白い液体が押し出されるように零れた。薄紅色の性器が濡れて震えている。   「ンっ……」    余韻に震える真尋の、性器の先端から、とろとろと透明な液体が溢れる。ヘソのくぼみに溜まり、薄い腹を伝って滴った。   「イッたんだ? 今ので?」    驚きと興奮でもって曜介が告げると、真尋はゆっくりと瞳を開いた。濡れた睫毛が煌めいている。   「まだ、だ。もっと……」    曜介の首筋に両手を絡めて抱き寄せる。   「もっと、感じさせろ」    曜介も真尋を抱きしめた。舌を絡め、唾液を混ぜ合うキスをしながら、激しく腰を振り立てる。汗や精液やいやらしい体液やらが、肉と肉の間で弾けている。   「本気汁ってやつ? エロすぎ」 「うる、さ……、あっ、あぁっ」 「声もちゃんと出てるしな」 「ああっ、あっ、も……いく、いきそうっ」    絶頂の予感に、真尋は全身で曜介にしがみつく。曜介もまた限界が近く、歯を食い縛って腰を打ち付けた。   「このまま中で出すぞ。いいんだな?」 「いいっ、きてっ、なかにきてっ」 「一緒にイッて。全部受け止めろよ」 「あぁも、だめ……っ、いくっ、いくッッ────」    肚の奥に熱いものが迸った。それと同時に、曜介を包み込んでいた柔肉が、甘美なまでに打ち震える。快楽の波に攫われて、真尋の白い肢体が躍る。ビクッ、ビクン、と小刻みに腰を跳ねさせて、胸をせわしく喘がせる。  その胸の頂で、ピンと尖って震えている薄桃色。曜介はそれを口に含み、優しく歯を立てた。いまだ快楽の波に囚われている真尋は、大きく体を仰け反った。曜介を包む柔肉が、新しいリズムを刻み始める。   「やっ、あっ、まだ、……っ!」 「まだ全然、足んねぇよ」 「あっ、っ……」 「心配しなくても、もっとちゃんと、感じさせてやっから」    煽り過ぎたことを後悔しても手遅れだ。曜介は、真尋を強く抱きすくめ、再び腰を突き立てる。

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