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諸恋③
「あれっ。曜ちゃん、薬指がずいぶん眩しいんじゃない?」
河北が曜介の左手を指して言った。プラチナのリングに一粒の小さなダイヤモンドが埋め込まれた指輪が光っている。数か月前に注文して、ようやく手元に届いたものだ。
「あ~……まぁ、な」
「ちょっと、何その思わせぶりな感じ! どんな子? 今度紹介してよ」
「いや~、お前に紹介すんのはだいぶ先になると思うわ」
「あっ、もしかして、もう結婚してるとか? 水臭いよ、曜ちゃん。式挙げたならちゃんと呼んでくんなきゃ。ご祝儀いくら包めばいい?」
「結婚はしてねぇし式も挙げねぇよ! これはただ、けじめみたいなもんっつーか……」
宝石店を何軒もはしごしてようやく巡り合った一品だ。控えめにあしらわれた小粒のダイヤモンドだが、その輝きは永遠のもので、つい光にかざして眺めてしまう。
始業を知らせるベルが鳴った。今日は四月一日。新年度の始まりである。生徒達は春休みにエイプリルフールにと浮かれ気分であろうが、教師はそうもいかない。普段通りに仕事があるし、普段以上に忙しい。
そして、今日から新年度ということで、新しく赴任した教職員との顔合わせが行われる。教頭が一人ずつ紹介していき、それぞれが軽い自己紹介をするという、決まりきった流れだ。
「──から異動してきました。養護教諭の──」
指輪を眺めるのに忙しかった曜介だが、ふと、聞き馴染みのある声に顔を上げた。職員室の前方で喋っている、白衣に身を包んだ男は、今朝玄関先で別れたばかりの──
「真尋!?」
思わず叫びそうになったのを気合で堪えた。隣席の河北が肘で小突いてくる。
「なぁ」
「分かってる」
「知ってた?」
「全然」
全然知らなかった。この三月から同棲を始めたというのに、何一つ聞かされていなかった。まさか、曜介の勤める高校に赴任してくるなんて。
「精一杯がんばりますので、これからよろしくお願いします」
真尋が挨拶を終えてお辞儀をする。形式的な拍手で迎えられる。顔を上げた真尋は、確かに曜介に気付いた。僅かながら目を細め、ウインクした。ように見えた。今度こそ、曜介は声を上げてしまった。
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