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第二部同棲編:第六章 指輪①

「おい、なんで事前に教えといてくれなかったんだよ」    朝礼の後、曜介はすぐさま保健室へ駆け込んだ。白衣を着こなした真尋の姿は、どこからどう見ても完璧な保健医だ。   「つーか、なんかエロ……」 「あ?」 「いや、何でも……」    曜介は、部屋の中央にあるテーブルへと腰掛けた。室内は至るところに段ボールが積まれ、引っ越しの真っ最中といった様子だ。ちなみに、同棲を始めたばかりの二人の家も、いまだ片付けが済んでおらず、荷物が取っ散らかっている。   「邪魔すんなら出てけ」 「邪魔も何も、話はまだ始まってねぇぞ。俺はお前に文句言いに来たんだ。異動なら異動だって、なんで言っといてくんないかな」 「他言するもんでもねぇだろ。こういうのは」 「そうだけどさぁ」 「それに、てめーの驚いた顔が見たかったしな」    真尋は、デスク内を整理していた手を止める。顔を上げ、得意そうに笑った。   「なかなか見物だったぜ」    真尋の突然のウインクに驚き、立ち上がろうとして椅子ごとすっ転んだのは、つい先程の出来事だ。曜介は職員室中の笑いを誘った。   「驚くに決まってんだろ。いくらエイプリルフールだからって、んな特大のウソつかれちゃよ」 「別にウソはついてねぇだろ」 「ていうか、そうだ、指輪。お前、なんで指輪してねぇの」    曜介が左手薬指を光らせて迫ると、真尋は胸元に手を入れて何かを引っ張り出した。白金の細いチェーンと、その中心に煌めくリング。   「……ネックレス?」 「ああ。仕事柄、指輪はどうしても邪魔になるし、それに、色々とまずいだろ。おれとお前でペアリングなんか着けてちゃ」 「俺は気になんないけどね。むしろ見せつけたいっていうか」 「おれは気になるっつってんだろ。それに、こっちの方が汚れないし、失くす心配もねぇしな」    真尋は大切そうにネックレスを胸元に仕舞った。白い指先にチェーンの絡む様が妙に色っぽく、思わず見惚れた。   「用が済んだなら帰れよ。仕事あるんだろ」 「うん、まぁ……」    白衣というのは、こんなにも魅力的だったろうか。長い裾が閃くその向こう側を、ぺらっと捲って覗いてみたくなる。   「じろじろ見てんじゃねぇ。公私混同はしない主義だ。用がないなら帰んな」    しかし、職場ということでさすがにガードが堅い。曜介とて、危ない橋を渡るつもりはない。その場はひとまず退散した。

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