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指輪②
家に帰ると、玄関に知らない靴が増えていた。
「おお、やっと帰ってきたか。お帰りなさいませご主人様♡ってしろ」
「うるせぇ。きめぇこと言うな」
「それはそうと、なぜエプロンを着けないんだ?」
台所から聞こえるのは、もちろん曜介もよく知る声だ。
「京太郎」
「遅いぞ、曜介。待ちくたびれて先に始めるところだった」
二人の愛の巣になぜ京太郎が? というのも、引っ越し祝いに三人で飲もうという話になっていたのだ。それぞれ忙しくて予定が合わず、だいぶ遅くなってしまったが。
「おい曜介。こいつ引っ付いてきてうぜぇんだ。さっさと向こう連れてってくれ」
「はいはい」
曜介は真尋から京太郎を引き剥がしてリビングへ連行した。真尋もすぐに来て、テーブルにはデリバリーのオードブルが並べられる。それから数種類のアルコール。これが今夜のメインである。
「んじゃ早速」
グラスにビールを注いで乾杯しようとすると、京太郎が待ったをかけて立ち上がった。
「まぁ待て。ここはオレに音頭を取らせてくれ」
「いいけど、短く頼むぜ」
「ああ、そうだな。十年以上の長きにわたり紆余曲折ありながらも他ならぬオレのおかげで収まるべき場所に収まったお前らの記念すべき新たな門出なわけだ。友人代表、いや幼馴染代表としてオレは──」
「長ぇよ」
京太郎の長ったらしい口上に一瞬で飽きたらしい真尋は、乾杯の合図を待たずにグラスを傾けた。「まだ喋ってる途中でしょうが!」とぷりぷりする京太郎を横目に、曜介も酒を呷った。その後はもうグダグダである。京太郎もヤケになって酒を飲み干す。乾杯したかどうか定かでないまま、酒だけが進んだ。
「しかしまったく貴様らときたら、何年も何年も意地の張り合いをしおって。間に挟まれたオレの気持ちも考えろ。あれを喋るなこれは黙ってろとうるさいし。そのくせ、微妙に探りを入れてこようとするから手に負えない! 相手のことが気になっちゃってしょーがない!ってのがオレには全部お見通しだったんだぞ! 分かっているのか、貴様ら。恥ずかしいだろう。恥ずかしがれ」
と、京太郎はいつものごとくくだを巻いて絡み酒。そんな京太郎に、真尋は上機嫌で酒を注ぐ。
「そう怒んなって。おれァこれでもお前に感謝してんだぜ? こんなおれと変わらず友達でいてくれてよぉ。お前がいなきゃ、おれァとっくに道を踏み外していただろうぜ」
「フン、よく言う。オレを置いて東京に出てったくせに! 曜介もだぞ。お前ら、幼馴染を一人残して地元を出るなんて、ひどいじゃないか」
「だから戻ってきたんだろうが。今こうして三人で酒が飲めてんだから、それでいいだろ。おらおら、遠慮しねぇでもっと飲め。おれの酒が飲めねぇとは言わせねぇぜ」
「これ、オレが買ってきた酒じゃないか?」
「違ぇだろ。これはおれが買ったやつだ。お前のは、あれだ。あそこに転がってる、あれだろ。知らねぇけど」
二人ともすっかり出来上がっているが、曜介とて例外ではない。誰が用意したものか知らないが、辛口の日本酒で喉を潤し、空になったグラスの底でテーブルを叩く。
「俺だってなぁ、何も意地張ってたわけじゃねぇんだぞ。ただこいつが大切だったからぁ、大切で、大切すぎて、だから手ェ出せなかったの! どうしたら大切にできんのか、全然分かってなかったの! ガキだったから!」
「へェ。じゃあ今は分かんのか?」
「分かるに決まってんだろ。おめー、ケンカ売ってんのかぁ?」
曜介は真尋の胸倉を掴み、ぶちゅっと口づけた。酷い絵面だが、京太郎はやんやと手を叩いて盛り上げる。
「いいぞ~、もっとやれ~」
「ばーか、これ以上は金取るぞ」
「じゃあオレも混ぜてくれ」
「するわけねーだろ」
「いいぜ、してやる」
曜介は脊髄反射的に断ったが、真尋はテーブルに身を乗り出し、京太郎の頬にぶちゅっとキスをした。酔っ払い同士の戯れ合いであり、これもまた酷い絵面である。
「ちょおっ、いくら京太郎相手でもそれは浮気でしょ、真尋ちゃん!」
「別にこんくらいフツーだろ」
「そーだぞ、曜介。これくらい欧米じゃあいさつにもならんぞ」
「ここは欧米じゃなくて日本だから! いやほら、こういう時こそ愛の証を……って、おめー愛の証どこやったんだよ!」
「愛の証だぁ~? これのことかよ」
真尋は首筋に手をやってチェーンを引っ張った。プラチナのリングが煌めく。
「そうそう、それそれ。なんで家でもネックレスのままなんだよぉ。指にはめろよぉ」
「おれだってなぁ、曜介。大切なもんは大切に仕舞っておきてぇんだよ。分かるだろ? この気持ちが」
真尋は指輪に口づけて、優しく握りしめた。
「壊したり、汚したり、失くしたり、もう懲り懲りなんだよ、おれァ」
「……」
愛おしそうに呟いた真尋の眼差しに、曜介は思わず見惚れた。「いつまでもイチャイチャするな! もっと飲め! 歌え!」と京太郎が酒瓶を振り回す。空になったそばからグラスに酒が増えていく。
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