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媚薬②-♡♡
昨晩はひどく盛り上がった。真尋は寝不足の頭を抱える。あんな怪しさ満点の薬なんか効くはずないと思っていたのに、嘘みたいに乱れてしまった。思い返しただけで体が熱い。
「朝飯作っといたけど、食う?」
テーブルに並ぶのは、おにぎり、卵焼き、ウインナー、味噌汁。フルーツまで切ってある。
「コーヒーは? 飲むだろ?」
「……ああ」
ガサツに見えて、案外マメな男だ。普段は真尋より朝寝坊なのに、いざという時はきちんと早起きして朝食まで用意しておいてくれる。
「昨日は無理させちまったからな。体大丈夫か?」
「誰のせいだと……」
「ゴメンって。これで許して」
湯気の立つマグカップがテーブルに置かれる。真尋はそれを手に取り、口をつけようとした。その時、見えてしまったのだ。キッチンカウンターに、昨晩の元凶、あの紫の小瓶の姿が。
「お砂糖ミルク必要だった?」
マグカップを持ったまま固まった真尋を見て、曜介は不思議そうな顔をする。
「……いや、何でもない……」
真尋は、ふうふう吹いて冷ましながらコーヒーを飲んだ。妙な匂いはしなかった。
出勤して半日が過ぎても、あの小瓶が脳裏にチラつく。曜介が、まさか無断でそんなことをするはずがないと、頭では分かっている。分かってはいるが、だったらこの体の疼きは何だ。
朝からずっと調子がおかしい。昨晩あれだけ熱く愛し合ったというのに、まだ足りないというのか。この体は、いつからそんなに貪欲になったのだろう。
完全に魔が差したのだ。午後の授業中、病人も怪我人もなく、平穏に一日が終わろうという時刻、退屈が誘惑を連れてきて、つい、魔が差した。
カーテンを閉め、窓際のベッドに横になる。白衣を脱ぎ、シャツをはだけて、胸元にそっと手を這わす。
「んっ……」
何をやっているんだろう。こんなところで、職場で、こんなこと……。そう思うのに、自らを慰める手は止まらない。空気に触れてツンと尖った乳首を、指先で優しくいじめる。先端をスリスリ擦って、固く張り詰めたところをカリカリ引っ掻くのが、特にお気に入りだった。
「んん……ふっ……」
ダメだ。こんなこと、ダメなのに。そう思うほど体はより敏感に、皮膚の表層全てに神経が張り巡らされているのではないかと思うほどに、敏感になっていく。指先で乳首を摘まんで、それだけの刺激で腰が震える。
曜介の手が恋しい。唇が恋しい。あの熱い舌で、唾液に濡れた唇で、体の隅々まで愛してほしい。
体の中心が切ない。いくら自分で慰めたところで、全然足りない。求めているものには、全然手が届かない。
さすがに、これ以上は。でも、もう我慢できない。自然と手が伸びていた。ベルトを外し、下着をずらす。
「高ちゃんせーんせ♡」
ノックもなしに、ドアが開いた。真尋はベッドから飛び起き──ようとして足を滑らせ、ベッドから転げ落ちた。
「えっ、ちょ、なに、大丈夫かよ?」
誰が来たのか、声で分かっていた。やめろ、と真尋が声にする前に、さっとカーテンが引かれた。
「……」
「……」
居た堪れなかった。開いたカーテンの隙間から僅かに光が差して、呆然と立ち尽くす曜介を照らしていた。真尋は辛うじて白衣の前を閉じたけれども、この状況では焼け石に水である。
「何してんの……?」
曜介はカーテンを閉じ、真尋の顔を覗き込む。とてもじゃないが目を合わせられない真尋を抱き上げて、ベッドに寝かせる。ぎし、とベッドが嫌な音を立てる。
「ばか、なにして──」
「それはこっちの台詞なんだけど? なぁ、一人で何してたんだよ」
「っ……」
真尋は目を逸らして口を噤んだ。
「言えないこと、してたんだ」
「ちがっ……」
「違わないだろ。何だよ、これ」
「あっ……」
白衣を無理矢理はだけさせられ、その下にひた隠しにしていたいやらしく火照った体が、曜介の面前に曝け出される。乱れたシャツと、露わになった胸元と、寛げられたスラックスと、半端にずれた黒い下着と。曜介の刺すような視線に、一層体の熱が上がる。
「エロすぎんだけど、自覚あんの?」
「や、め……見んな……」
「見るしかねぇだろ。保健室のベッドで、一人でしてたんだ? 誰に抱かれる想像してたの?」
「んんっ……」
ぴん、と張り詰めた乳首を爪で弾かれる。それだけで、甘い声が喉から漏れる。
「すげぇ、びんびんじゃん。そんなに触ってほしかった?」
「あっ、ぁ……」
露骨な言葉責めに、乳首が痛いくらい尖り立つ。それを押し潰すように抓られ、舐られ、捏ねくられて、下着がびっしょり濡れた。
曜介が乳首から唇を離す。濡れた乳首が空気に触れてひやりと冷たい。それが切なくて胸を反らせた真尋だったが、曜介の次の狙いに気付いてすぐに身を縮めた。
「ば、か……これ以上は……」
「こんなびしょびしょにしてるくせに? こんな体で、夜まで待てんの? 子供の前で、その発情した面さらすつもり?」
「やっ……んんんっ」
浅ましい欲の象徴が、熱い口腔へと吸い込まれた。職場でこんな姿を晒してまで追い求めた刺激が、鋭く全身を駆け抜ける。熱い舌が絡み付いて、そこをさらに濡らした。
「ああっ! あっ、ああ……っ!」
曜介にしがみつくようなこの体勢がよくなかったのだろうか。下着を下ろされて、露わになった尻に曜介の手が触れる。尻のあわいを、器用な指が撫でていく。
「やっ、ああ……、だめ、だめっ……」
これ以上は、本当にダメだ。戻れなくなる。前と後ろを愛撫されて、おかしくなる。しかし、掠れ声の抵抗虚しく、曜介の指は的確にその場所を捉える。まだ濡れてもいないはずのそこに、つぷん、と指先が沈められた。
「あっ、あ────イッ…………」
視界が真っ白に弾け飛ぶ──寸前だった。コンコン、とドアをノックする音が聞こえて、一気に現実へと引きずり戻された。
それは曜介も同様らしかった。慌てて指を引き抜いて身なりを整え、ベッドから飛び下りた。「先生、いないんですか?」と律義にドアを叩く男子生徒を、ぎこちない笑顔で迎え入れた。
「あれ? 保健の先生……?」
「ああ、高峰先生は、なんかちょっと、用事? みたいな、アレだから。俺が代わりに留守番してんの」
「はぁ。体育で突き指しちゃったんですけど、じゃあどうしようもないですよね」
「ああ、突き指ね。突き指。俺も昔はよくやったよ。突き指ね~、懐かしいね~」
中身のない会話で必死に場を繋ぐが、曜介に手当ができるわけもない。真尋も急いで身なりを整え、ベッドを下りた。
「適当なこと言ってんじゃねぇよ」
「あっ、高峰先生。体調はもういい感じ?」
「おかげさまで」
真尋は生徒を椅子に座らせて、曜介を保健室から追い出した。石鹸でよく手を洗ってから、応急手当を施した。
あともうほんの一振り、ほんの一押しで、達することができたのに。高まるだけ高められた熱が、放出もできないままに、肚の奥で燻っている。
こんな日はさっさと帰るが吉なのだが、こんな日に限って部活中の怪我人が相次ぎ、その分だけ書類仕事も溜まっていき、すっかり夜になってしまった。
それでもあらかた仕事を終えて、ようやく帰り支度を整えたところで、再び保健室のドアが開いた。ノックもなしに顔を覗かせたのは、真尋が今一番会いたくない男だった。
「高ちゃんせんせ♡」
「……何の用……」
「んな怖い顔すんなって。俺今日日直なんだけど、でももう帰るんだけどさ、帰る前に戸締り確認しなきゃいけなくて、手伝ってくんね?」
「なんでおれが。一人でやれよ」
「なんでって、早く帰って昼間の続きしたいじゃん」
「っ……」
「お前は違うの? 少なくとも俺はしたいんだけど」
「……もう、とっとと終わらすぞ」
「おー、ありがてぇ」
全くもってツイていない。今日ばかりは己の運のなさを呪った。どうしてこう最悪なタイミングで顔を出すのだろうか、この男は。家に帰ってからならいくらでも付き合うから、今だけは顔を合わせたくなかった。
「こっちは全部終わったぜ」
「ああ」
「そっちは? 大丈夫だった?」
「ああ」
「ホントかよ」
「ちゃんと見た。全部締まってた」
「そう? んじゃ、あとはトイレだな」
教室を一通り見回った後、最後にトイレの戸締りを確認する。トイレにも小窓があるし、個室の中で誰か倒れていないか、といったことまで確認する。幸い、生徒の下校は完了していた。
三階の一番奥にある男子トイレの窓が開いていた。曜介は窓を閉めて、鍵を掛ける。もちろん、個室は全て空いている。人工の明かりが曇りガラスを透かして散乱し、曜介の横顔を仄かに照らした。
真尋は曜介に飛び付いていた。自分でも如何ともしがたい衝動に突き動かされ、抗うことができなかった。曜介を個室に押し込み、後ろ手に鍵を締める。曜介は蒼い顔をする。
「ちょっ、真尋先生?」
「うるせぇ、黙ってろ」
真尋は曜介の足元にしゃがんだ。震える手でベルトを外し、スラックスごと下着を下げる。
「ちょ、これはさすがにまずいって」
まずいもやばいもない。真尋は、今すぐに、これが欲しいのだ。
「ぅあ、マジで、やべぇって……」
緩く頭をもたげたそれを、ケーキを頬張るように口腔内へと迎え入れた。もちろん甘くも何ともない。咽返るほどに濃厚な雄のにおいが口内を犯す。頬張っただけで喉が焼け爛れそうだった。
これが欲しかったのだ、ずっと。浅ましい体は簡単に熱を持ち、肚の奥は切なく疼く。早く、全ての空洞を埋めてほしい。この熱い杭を打ち込んで、溺れるほどに満たしてほしい。そんな甘い想像をしただけで、肚の奥が濡れてくる。
「まっ、ちょっと、出るって、マジで」
曜介は余裕なさげに声を上擦らせ、真尋の髪を鷲掴みにする。普段なら「さらさらで羨ましい」と褒めてくれ、指で優しく梳いてくれるのに。乱暴に頭を押さえ込まれ、髪を掴んで乱されても、浅ましい欲に支配された肉体は、一層熱く昂った。
「も、出すぞ、マジで。いいのかよ?」
真尋は夢中で頷いた。唾液と我慢汁でぬるぬるになった先端に舌を絡ませ、水音を立てて吸い上げる。
と、大きく脈打った。爆弾が破裂したかのごとく、口内が熱と衝撃波に襲われる。勢いよく噴き出した熱い液体が、喉を焼き、鼻粘膜を爛れさせ、脳神経を打ち砕く。
強烈な光に目が眩む。視界を星が飛び交っている。世界が引っくり返りそう。絶頂に指先が触れた。
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