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花火②-♡♡

「ちょ、おい、どこまで行くんだよ」    間もなく打上開始だというのに、曜介は真尋に引っ張られ、打上場所からどんどん遠ざかっていた。湖畔を離れ、公園の敷地内からも離れて、真っ暗な藪の中を進んでいく。そこは所謂鎮守の森であり、住宅地にひっそりと建つ小さな神社の境内だった。  低い石段を上り、鳥居をくぐって、狭い参道を抜ける。小さな祠が二つ三つと並び、手水舎があり、獅子と狛犬が対になって睨みを利かせている。その奥に、木造の小さな社殿が建っている。   「あっ」    と言う間もなかった。遠く背後で、ひゅうっと口笛を鳴らすような音が吹いたと思えば、無数の光が弾けて真尋の顔を照らした。それからほとんど時を置かずに、地鳴りのような爆発音が響いた。内臓まで揺さぶられるようだった。  曜介は思わず後ろを振り返る。再び光が弾けて、暗い夜空を彩った。もう一度振り向いて真尋の顔を見ようとしたその時、背中に体温を感じた。  真尋が無言で抱きついてきている。曜介の厚い胴回りに腕を巻き付けて、ひしと抱きついてきている。ゆっくりと振り返れば、吐息が触れ合うほどの至近距離に、真尋の顔があった。吸い寄せられるように、唇が重なった。  三度、光の粒が夜空を舞う。曜介は真尋を社の濡れ縁に座らせた。自身も浅く腰掛けながら、浴衣の衿に手を滑らせる。真尋は一瞬驚いた素振りを見せるが、曜介に固く抱きついたまま、一層深く舌を絡める。   「んっ、ン……んん……っ」    あられのように降り注ぐ火花と、炸裂する爆発音。そんなものを掻き消すほどに、濃厚な口づけを交わした。飲み込めなかった唾液が口の端を伝い、下ろし立ての浴衣を濡らしても、気に留める余裕もないほどだった。   「んン、っ……あっ……」    銀の糸を引いて唇が離れたのは、真尋が声を発したためだった。控えめな色香を纏った甘い声。それというのも、衿元に忍び込んでいた曜介の手が、素肌に触れたためである。指先はちょうど胸の突起を捉えている。   「おい……」 「こういうつもりで連れてきたんじゃねぇの?」 「っ、ん……」    真尋は眉根を寄せて目を瞑った。乳首を摘まんで捏ねてやれば、ピクンと身を震わせる。悔しそうに曜介を睨むが、潤んだ瞳では迫力がない。ぱっと光った花火が、涙の海に浮かんだ。   「お前はゆっくり花火見てろよ。こっちは俺が好きにやるから」    着崩れていた浴衣の衿をすっかりはだけさせると、闇の中に白い肌が浮かび上がる。赤や青や緑や、無数の鮮やかな火花が、真尋の白い肌を彩っている。   「ゆっくりったって、んなの……っ」    露わになった胸の尖りに、曜介は舌を這わせる。片方は指で捏ねくりながら、もう片方は口で愛撫する。唇で啄んで濡らして、飴玉を溶かすように舌の上で転がして、軽く歯を立てて甘噛みして。さっき食べたリンゴ飴よりも甘いし、赤いし、何より舐めやすい。  曜介の指が触れる度、舌が触れる度に、真尋は敏感に身を震わせた。あえかな吐息を漏らしながら、胸元に吸い付く曜介の頭を撫でたりして、淡い快楽に揺蕩っている。  気の緩みからか、自然と足も開いてしまって、はだけた裾に白い肌が覗いている。曜介がそっと手を這わせると、はっとしたように足を閉じた。   「ばか、なにを……」 「何って、じゃあ何のためにこんな人気のないとこ来たんだよ」 「それは、だって……」    口籠ってしまった真尋をよそに、曜介はさらに際どいところへ手を滑らせる。浴衣の裾をはだけさせながら、柔らかな太腿を撫で上げる。少し汗ばんでいたが、それがより艶めかしい。   「なぁ、入らせて」 「っ……」    観念したのか、最初からこうなることを望んでいたのか、真尋はおずおずと腰を上げた。すかさず、曜介は下着を脱がす。完全には脱がさず、足首に引っかかるようにして脱がした。  これで何度目だろうか。数えるのはとっくにやめていた。刹那の光が夜を灯し、瞬くうちに闇へと消え、そしてまた、夜を埋め尽くすように花が咲いて、絶え間なく火花を散りばめて、そこかしこが鮮やかに染まる。  縁側のへりに手をついて、真尋は不安そうに曜介を振り向いた。浴衣はすっかりたくし上げられ、裾を帯に挟んでいる。露わになった真尋の細い腰を、曜介は両手でしっかりと掴んで、反り立つ自身を突き立てた。   「あっっ……」    真尋は甘く声を漏らし、身を捩った。曜介が腰を打ち付ける、その衝撃を健気に受け止めて腰をくねらす。乱れた黒髪を掻き分けて頬に触れ、半ば強引に後ろを向かせる。潤んだ瞳が艶やかに揺らめく。キスをすると、肚が締まった。  曜介は、ほとんど脱げかけていた浴衣の後ろ衿に手をかけて、そのまま真っ直ぐ引き下ろした。肩から腕から背中まで、華奢な肉体がほとんど全て剥き出しになる。曜介が律動を繰り返す度に、しなやかな背中が波打つように曲線を描く。夜に火花が散る度に、仄かに色付いた影が白い背中で踊っている。  夜を彩る大輪の華よりも、今目の前にあるこの肉体、この男こそが、曜介にとっては何十倍も艶やかで、美しい。表情一つ取ってもそうだし、汗ばむ肌も、躍る肉体も、全てが花火に引けを取らないほど美しく、艶やかだ。  そしてこの、甘美なる声の響きが加われば、もはや向かうところ敵なしである。雑木林の隙間に覗く花火よりも、今この腕の中にある華に、曜介は夢中になっていた。   「ちょっともう始まってるじゃん」    そろそろフィニッシュへ向かおうかという時だった。神社のすぐ前の道を、誰かが通った。どうやら男女の二人組らしい。さすがの曜介もじっと息を凝らした。   「もういいじゃん。今更行ってもどうせ場所ねぇし」 「こうなったのもあんたのせいでしょ。今年こそちゃんと見ようねって約束してたのに」    どちらかが遅刻したのか、それとも別に用事があったのか、花火に間に合わなかったことで揉めているらしかった。とっとと行ってくれればいいのに、鳥居のすぐ前の道で揉めている。男の方は、花火にあまり興味がないらしい。   「ここからでも一応見えるんだし、もうここでいいじゃん」 「何言ってんの? 全然よくないし、てか全然見えないんだけど」 「めんどくせーな。座る場所あんだからいいだろ」 「だから全然よくないって言ってんの!」    往来で揉めに揉めている。息を潜めて耳をそばだてる曜介の様子を窺うように、真尋は身を捩って振り向いた。そして、あろうことか腰を振り立てた。   「ちょおっ、何やってんの!?」    曜介が小声で宥めても、真尋は全く聞く耳を持たず、夢中で腰を打ち付けた。曜介は咄嗟に真尋の口を手で覆った。くぐもった声が密かに漏れる。  瞳を覗き見て理解したが、真尋はすっかり快楽に耽溺している。目と鼻の先で男女が揉めていることに、気付いてさえいないのだ。曜介は、真尋の耳元に唇を寄せ、吐息を含ませるように囁いた。   「静かにしねぇと、恥ずかしいとこ見られちまうよ?」    その瞬間だ。真尋の瞳孔が開かれる。目の焦点が定まって、じっと息を呑んだ。聞き耳を立てずとも、雑木林の向こうから、男女の揉める声が聞こえてくる。きゅうっ、と肚の奥が締め付けた。   「だから悪かったって言ってんじゃん」 「何その態度。全然反省してるように感じないんだけど」 「いや、だから謝ってんだろ。けどもういいじゃん、今年はもう」 「またそれ? 全然よくないって言ってんじゃん」 「どこで見ても一緒だろ、花火なんて」 「全然違うし! 何なの、さっきから」 「歩くのだりぃし、人混みもだりぃんだよ。わざわざあっちまで行かなくても、この石段とかで座って見りゃいいじゃん。神社の中とか、座るとこあんだろ」    会話の中で、神社がはっきりと名指しされた。男の意識は真っ直ぐにこちらへ向けられている。そのことを、曜介はもちろん、真尋も敏感に感じ取った。   「なぁ、どうする? あの二人、こっち来るかも」    本当に来られたら困るのは曜介も同じだが、それ以上にこのヒリヒリとしたスリルを楽しみたかった。   「なぁ、どうすんの? こんなトロ顔さらしてんの、見られちゃったら」    曜介が囁けば、組み敷いた体は敏感に跳ねた。   「男に抱かれてとろとろになってんの、知られちゃったらさ。しかも、こんなとこで。こんな、神様の目の前で」    石段を踏む足音がする。声は確実に近付いている。見つかるのも時間の問題だ。曜介はゆっくりと腰を揺すった。   「いっそのこと、見てもらおっか? 罰当たりな、やらしー体」 「っ……、──ッッ」    絶頂の予感に、真尋は身を強張らせた。嬌声を発する準備をして、唇が開く。口を塞いでいた掌がじわりと濡れた。  その時だった。特大のスターマインが打ち上がった。次から次へと絶え間なく鳴り響く爆音に、体が震える。夜を飛び交う鮮やかな火花に彩られて、肉壺が激しく痙攣した。  押さえ込んだ体が激しく痙攣する。腰も、膝も、ガクガク震えて、自力では立っていられない。曜介に支えられてようやく踏ん張っている状態である。足元の草むらに白濁が散っていた。   「ぁ、っ…………」    絶頂の余韻に浸り、真尋は小刻みに腰を揺らす。ピクッ、ピクッ、と小さく震えながら、甘ったるい声を漏らしている。余韻を味わうように、肉壺もまた小刻みに痙攣を繰り返す。   「……なに一人でイッてんの」    曜介は真尋の柳腰を掴み直して、最奥まで突き上げた。その衝撃で、またも白濁が飛散する。   「んあ゛っっ」 「一人でイッて満足してんじゃねぇっつの。俺はまだまだなんですけど」 「やめっ、ばか……っ、こえ、が……っ!」 「今更気にしたって遅せぇよ。さっきのでけぇイキ声、絶対聞かれてただろ」 「っ……!」    言葉責めじみた台詞に、真尋はぶるりと腰を震わす。蕩けた肉襞が、痙攣しつつ絡み付く。   「大体、さっきだって、俺全然動いてなかったのに、お前だけ勝手にイッちゃってさぁ。もしかしてアレか? 見られるかもって思って興奮しちゃった?」    真尋は必死に首を振る。黒髪が左右に舞う。   「ホントに? じゃあなんでイッちゃったの。見られたくなかったんじゃねぇの?」    真尋は身を捩りながら、またも必死に首を振った。   「じゃあやっぱ見られたかったんだ。恥ずかしいとこ人に見られてどうしようって、そんでイッちまったんだ?」 「ち、がっ……!」 「違くねぇだろ。人がいるって分かった瞬間、すげぇ締めてきたし。今だって、マジでもう持ってかれそうなくらい締め付けエグいし。もっかいイク? いいよ、イッて」    息を潜めるとか声を殺すとか、そんなものはとっくに意識の外だ。今はただ、あの立て続けに打ち上げられる花火のように、爆発的なフィナーレを迎えたい。最後に大輪の華をどかんと咲かせたい。その一心で、体の中心を擦り合う。互いの一番気持ちいい場所を擦り合い、熱を分け合い、体液を混ぜ合って、   「だめっ、もう……いく、またいく、いくッ────」 「俺も……っ」    共に高みへと駆け上がった。無数の光の雫が夜を覆う。目映く煌めき、美しい。細い筋を描いて天を滑り、やがて闇に溶けて消えていった。   「んぁ……っ、あ……」    真尋は微かに身悶える。曜介はずるりと自身を抜いた。どろりと白く糸を引き、ぼたりと垂れて、土に染みる。真尋はぐったりと濡れ縁にもたれた。肩で息をしながら、肩越しに曜介を見る。黒い瞳が潤んで見えた。   「……悪い。調子乗ったわ」 「……」 「でもほら、あの二人はもう行っちゃってたし、大丈夫っつーか……?」 「……」 「……ゴメンって」 「……」    真尋は軽く鼻をすすると、ごろんと縁側に横になった。ちょうど日向ぼっこをする猫だ。生憎太陽は出ていないが。   「あのぉ、真尋……?」 「……べつに、怒っちゃいねぇよ」    その一言に、曜介は内心安堵した。   「てめぇで蒔いた種とはいえ、おれも相当のぼせてやがると思って」 「へぇ……」 「おれは何も、顔も知らねぇ赤の他人に見られるかもしれねぇなんて、そんな危機感で感じてたわけじゃねぇんだぜ」 「……そうなの?」 「おれは、なぁ、曜介。あんな状況だってのに、てめーがおれのことばっかり気にしてるもんだから」    甘える猫みたいに、真尋は肢体をくねらせる。   「だから、それがすごく、気持ちよかっただけだ」 「……」    それというのはつまり、優越感だとか、独占欲の充溢だとか、そういった類のものであろう。あの時、曜介の意識がただ己にのみ向けられていることに満足して、それだけで、真尋は絶頂へ至るほどの快楽を得たのだ。   「こんなことを言うと女々しいが、てめーがやたらと生徒にモテるんで、少しだけ……」    さすがにそれ以上は言えなかったようで、真尋は恥ずかしそうに口を噤んだ。けれど、言いたいことは全て伝わる。曜介は真尋にキスをした。浅く舌を差し入れて、口内を軽く一周する。   「これでメロンのかき氷になっただろ」    真尋は恥ずかしそうに唇を押さえた。

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